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正法眼蔵 法華転法華 9

大鑑慧能禅師と法達和尚の問答は続きます。

大鑑慧能禅師言う「法華経の中に”窮子の譬え”と言う話がある。金持ちの息子でありながら、若い時に他国に行ってしまって、うろついて、落ちぶれていた子供が父親の国に戻ってきた。父親は自分の子供が長い放浪の生活を終って、自分の国に返ってきたということを知っていたけれども、すぐ”お前は俺の子供だ”と言っても、おそらく長年、貧乏暮しをしていた子供は信じないだろう、そんな話をすればまた他国に逃げて行ってしまうかもしれないということで、そこで初めは人の嫌がる仕事をやらせて、その仕事が少し続くと今度は帳簿をつけさせ、子供が落ち着いてきたところで、”実はお前は私の子供だ”と言った。
      
譬え話では、人間が本来の境地を離れてうろつき回って苦労していると言う事があるけれども、それはあくまでも譬え話である。だから国王として、子供がうろつき回っているのを心配するのも実体ではない。子供が様々な思いを持っていたということも必ずしも実体ではない。しかし、このような譬え話を使って、我々の生きている真実の姿を説かれた教典が法華経と呼ばれるのである。

法華経を無限の未来に向かって、また昼となく夜となく経典を手から話さず常に読んでいる事が我々の人生そのものである。そのことは、経典を手にもって法華経を読んでいると言う事ではない。我々が一所懸命自分の本分に従って生きている、仕事をしていると言う事が、まさに法華経を読んでいる事である」と。
  
そこで法達が大鑑慧能禅師の教えに従って理解するところがあったので、躍り上がって喜んだ。



          ―西嶋先生にある人が質問した―
                 
質問
坐禅はどんな時にやればいいのでしょうか。毎日の生活に追われて中々時間が取れません。 

先生
坐禅は基本的に毎日やらなければ意味がない。参禅会などは坐禅のやり方を覚え、その体験を徹底して味わうという意味では有意義だが、坐禅の意味は毎日欠かさずやるところに生まれてくる。実際、夜寝る前に坐ると心地よい睡眠への導入となり、翌朝のさわやかな目覚めにつながる。さわやかな目覚めを迎えたら、洗面後直ちに坐禅するといい。これによって、一日を仏教徒として過ごす身がつくられる。専業主婦で朝、晩の坐禅が困難な場合は、毎朝、家族を送り出した後、家事の合間をみて独りで坐ればいい。

現代生活は様々な用事によって制限されるため、時には5分~10分程度しか坐禅することが出来ない場合もある。しかし、たとえ時間は短くても、坐禅をやった事の意義は、やらなかったことに比べると真に大きい。短時間でも坐禅をすることによって、釈尊と同じ心身のリズムを浸透させる事が最大の修行であり、最高の価値になる。


読んでいただきありがとうございます。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅とは姿勢を正してきちんと坐ることである。 姿勢反射が働いて、交感神経と副交感神経とが同じになり、 考え過ぎからくる不満がなくなり、感じ過ぎからくる不安が消える。 実行力が生まれ、やりたいと思う事が直ぐできるようになり、 やりたくないと思う事はやめることが出来るようになる。 自分自身と宇宙とが一体となり最も幸福な人生を送ることが出来る。

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