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正法眼蔵 法華転法華 2

「法華転法華」の巻、本文に入ります。

東・西・南・北・上・下あらゆる方角に展開しているところの釈尊が住んでおられるところの世界は、蓮華の花にも譬えられるような素晴らしい宇宙が存在しているだけである。この宇宙の中において、あらゆる方角に展開し、また過去・現在・未来に生きておられたところの一切の真実を得た人々や、最高で均衡のとれた正しい真実を探求する人々がこの宇宙を動かし、宇宙によって動かされているのである。

これが、仏になろうとして一所懸命修行をしておられた方々の行いの後退もしないまた脇道にそれる事もないところの姿である。仏道において真実を得られた方々はもちろんであるけれども、坐禅をしている時というのは、まさに仏になった瞬間であるから、坐禅をしながら生活するということは、我々自身が仏として生活していることであり、その仏の持っているところの智慧というものは、深く限界のないものである。理解しようとしても理解し難く、それに入ったとか出たとかという形で経験するものではないけれども、坐禅をしている瞬間そのものは、きわめて安定した境地そのものである。我々の住んでいる宇宙そのものが実に素晴らしい世界であって、そこには文殊師利仏も姿を現すし、釈尊そのものも姿を現す世界である               

※西嶋先生解説  
――坐禅の中身を説明しようとしても、説明しきれるものではない。仏教経典を何千万回読んでみて説明をすっかり読みこなしたとしても、なおかつ坐禅の中身と言うものはわからない。どういうものかと言う事もわからない。そういうわからないものを、我々自身が足を組み、手を組み、背骨を伸ばしてジ-ッと坐っていれば、そのまま何かが感じられる。その何かは言葉では表現できない。それと同時に足を組み、手を組み、背骨を伸ばしてジ-ッと坐っていれば、その瞬間に我々が仏と同一の状態に入るという事が厳然たる事実としてあるわけです。――

この様な世界として我々の住んでいる世界を見てくると、自分自身並びにその他の真実を得られた方々が、まさにこの現実の世界がどうなっているかということを十分に知ることが出来るのであり、この世の生きとし生けるもののためにこの宇宙がどんな様子のものであるかということを示し、またその世界の中に真実を理解した形で入ることを実際に実現した瞬間である。我々がこの宇宙に住んでいる住み方とは、瞬間瞬間の時間において生きているのであるし、また、宇宙そのものも瞬間瞬間の時間において、我々の前に姿を現すのである。しかも真実を知った人が、宇宙の実態を知るのであり、またそれは単に自分だけではなく、他の生きとし生けるものにもその真実に触れさせようと一命懸命に努力する瞬間でもある。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
先生は人間が一所懸命やる行動すべてが仏道修行だといいますが、行いにも善悪があると思いますが、悪事に没頭するたとえば泥棒三昧なんていうのは・・・。
 
先生
その点では、仏道の世界は、善悪を乗り越えた世界ですな。善悪にこだわっている時には坐禅の境地と言うのはないんですよ。普通は善と悪があって、悪を離れて善につけというのが普通の宗教の教えです。仏教には、それは間違いだと言う主張があるわけですね。つまり、善だ悪だとこだわっているうちはいい事は出来ない。善悪を乗り越えた世界で、一所懸命にやるのが真実の世界だと言う事でもある。これが仏教思想、非常に特徴のある思想です。日常生活の経験からすると本当なんですよ。

つまり、夢中にやっている時に本当の生活があり、本当の人生があるというのが実情です。そうすると、善いか悪いかと頭の中で考えている状態、つまり余裕のある状態、切実でない状態は、真実の世界ではないと言う考え方が仏教にはある。西洋思想の場合は、善と悪とに分けて、善がどう悪がどうと言う事で何千年も思想が発達してきたわけです。仏教思想のような形で、善悪を乗り越えるという中に本当の意味の実際生活があると考えざるを得ない面があります。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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