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正法眼蔵 山水経 15

仏教哲学の中で説かれている「一水四見」について道元禅師の解説は続きます

水は、水そのものの存在として、絶対のあり方を示しているのであって、それは地・水・火・風・空といったような物質界の諸要素の一種としての水でもなければ、またこれらに対立する主観としての意識に映じた水と言うわけでもない。色の問題について言えば、水は青・黄・赤・白・黒い色をしている等一面的に限定はできない。水の本体はその色・音・におい・味・感触・実体であるとかというふうに分析的に把えようとしてもそれは難しい。しかし地・水・火・風・空等によって表される物質世界の水として、現に目の前に実在するのである。

水一つを例に取ってみてもその現れ方はこの通り様々であるから、それと同じ様に、現に目の前に存在する国土や宮殿も、それらを何が造ったとか、どうして造られたかなどと考えてみても、これらの問いかけに明解な解答を与える事は困難であろう。それが空間あるいは気体と言うとらえ方をして説明するとしても、それがとりあえずの説明であって、絶対の真実だと言うわけにはいかない。その点では色々な見方があるけれども、それらはいずれも狭い考え方、見方というものに立った想像をあれこれと論議しているに他ならない。

水というものも、どこかその水の存在する根拠があって、それがあればこそ水もこの世の中に存在するという考え方から、その根拠は何かということで見つけまわるから色々な解釈が出てくる訳であるけれども、ものの存在には必ず根拠があると考えるからそういう色々な理屈が出てくるに他ならない。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
政治家が私腹を肥やすということは政治を壟断するということですね。

先生
いや、そういうことではなしに、ものの考え方の基準が低いということです。本質的に考えた場合、我々の人生の生き方の基準と言うのは、金とか名誉とかで決まるものではないんだから。それよりも価値の高いものがあるわけです。それに気がつかなくて、下の方の基準だけで生きたか生きないかということになる。だから政治を壟断するとか壟断しないとかというふうなことよりも、人間の中身と言うか、質と言うか、そういう点で質のいい状態まで行っていたか、まだいかなかったかと言う問題だと思う。

質問
物質主義の人って言うのはそれですね。

先生
ただそれと同時に、金があり、物があり、力があって何かが出来るという問題もあるわけです。この世の中と言うのは。そうすると金はかき集めるけれども自分のためではない、力は振るうけれども自分個人のためではないという生き方はあるわけです。そうすると、金を集めた、あいつはけしからん奴だという見方があると同時に、それをやらなきゃ政治にならんじゃないか、それをやらなければ日本の国をよくすることはできないじゃないかと言う考え方だってあり得る。そうすると単純に「あいつはけしからん」というふうに言い切れるのか言い切れないのかね。

そういう点では、国会議員は一人一人がみんな金を集めることには一所懸命ですよ。ただ最後の目的がちょっと高いか、ただ単に「自分の財産を増やして!」とか、「総理大臣になって!」とかと言う風な事だけか、それ以上のものを持っているかということで、人間の値打ちというものは分かれてくる。政治家の値打ちと言うものも別れてくる。政治家だけではなしに、あらゆる人間の値打ちと言うのはそういうところで分かれてくるんだろうとみていいと思う。


読んでいただきありがとうございます。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事していた愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅とは姿勢を正してきちんと坐ることである。 姿勢反射が働いて、交感神経と副交感神経とが同じになり、 考え過ぎからくる不満がなくなり、感じ過ぎからくる不安が消える。 実行力が生まれ、やりたいと思う事が直ぐできるようになり、 やりたくないと思う事はやめることが出来るようになる。 自分自身と宇宙とが一体となり最も幸福な人生を送ることが出来る。

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