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正法眼蔵 山水経 6

芙蓉道楷禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。

青山常運歩(青々と草木の茂った山も歩く)ということがあるし、東山水上行(東の山も川の上を動く)と言う捉え方ができるから、山が動くと言う事を勉強する事が本当の意味での山と言うものを学ぶ一つのあり方である。そういう勉強の仕方というものは、山の中身がどうこうという分析的な捉え方ではなくて、山が現にあるという、その姿を見たところから勉強する事が出来るし、山のありのままの姿を見ながら、山とは何かということを勉強することができてきた。

常識的な見解から青々と木の茂った山が歩くことはおかしい、そんなことが出来る筈がないと言ったり、昔の偉い坊さんが東山水上行という表現をされたが、そんな馬鹿な事があるかと言って山を誹謗することがあってはならない。これを誹謗する人々は、見聞が低く粗末な考え方しかできないために山を流すという言葉を聞くとびっくりしてしまうのである。

水が流れると言う言葉もあって、それが十分に理解されていないという事情もあるけれども、それもやはり小さな見方、小さな知識というものに囚われている事に他ならない。過去における様々な知識の蓄積というものを頼りにして、山はこういうもの、水はこういうもの、川はこういうものと言う名前をつけてそれを大事に守ってきたのである。山と言えども歩く事があり、あるいは流れる事があり、山といえども山が山を産むと言う場合もあるのである。

※西嶋先生解説
我々の知識と言うものは絶対のものではない。たまたま山と言う名前をつけて、山とはこういうものと決めたに過ぎない。だからそういう点では、国によっていろんな言葉があるというこ事とも関係あるわけだ。別の国では川の事を「リバ-」と言う。「いや、あれはリバ-じゃない、川だ」と日本人がいかに頑張って、向こうの人々は「これはリバ-だ」と言って頑張るに違いない。そうしてみると、どんな土地に行ってもそこに住んでいる人たちがたまたま符牒として名をつけたというに過ぎない。そういう符牒の寄せ集めが学問であり、思想であり、理論であり、ということであってみれば、学問とか思想と言うものも大事であるけれども、絶対のものではない。その場その世界における一応の定めであり、こういう前提に立てばこうなりますという仮定の上での理論でしかない。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
「東山水上行」と言うのがどう考えてもわからなかったんです。そしてある偉いお坊さんに質問したら「東山っていうのは地名だ。そこのところに川があるんだ」って(笑)。私にはわかるまいからと思ってそうおっしゃったのかもしれませんけど、一人じゃないんですよ。私、わかりたいもんだから、二、三人に伺っても、みんなへんてこりんな・・・。ということは、この解釈は道元禅師独自のものですか。

先生
いや、仏道の分かった人は、道元禅師でなくてもこういう考え方はしたはずです。まあ道元禅師の様によくわかっている方は少なかったということは言えるかもしれませんね。だけれども、「東山水上行」と言う言葉を言った人、あるいは「青山常運歩」ということを言った人、この方はちゃんとわかっておった。それを道元禅師が読まれて、この文句はこう理解すべきだということをここに書かれているわけです。だからそういう点では、数は少ないかもしれないけれども、やっぱりわかっておられる方が何人かおる。そういう形で仏道と言うものは伝えられてきたということになると思います。

質問
「東山水上行」ってバサッと掛軸になってますね。前後左右がわからないで出て来るんで、山がどうしてああいう風に水上を走るかって・・・。

先生
だからあくまでも、山も川も一切のものが相対的なもんだということの説明ですよ。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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