トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

正法眼蔵 諸悪莫作 13

仏教には昔から、有名な偈として「諸悪莫作」「修善奉行」「自浄其意」「是諸仏教」という仏教の基本的な教えが伝わっています。道元禅師の説示は「衆善奉行」に入ります。

衆善奉行とは様々の善い事を行うということ。
この言葉の中における様々の善いことと言うのは、善性、悪性、無記性と言う三つの性質の中の善性である。善いという性質の中に様々の善い行いと言うものがあるのであるけれども、人間が何もやらないうちから善と言うものがあって、それが待ちかまえているということではない。人間が善を行うまさにその瞬間においては、どんな善でも行い得る。あらゆる善と言うものが人間の行いによって瞬間的にすぐ実現する。

様々の善と言うものは、本来姿があり決まった形と言うものがあるわけではないけれども、人間が一たびその善を行うならば、そこに飛んできてその場所に出現するということは、磁石に引かれて鉄の粉が吸い付くよりも、さらに早い瞬間に善と言うものがやって来る。その善が現れてくる力と言うものは鉄囲山(古代インド人が考えていた山)の外を吹いていると言われている毘嵐風よりも強いのである。人間の瞬間瞬間における善を行う強さと言うものは何ものによっても止めることが出来ない。

しかしながら、この善の現れ方と言うものは、その行いが行われている世界のいかんによって様々に変化する。その行なわれている世界のどのようであるかによって、善と言うものに対する認識も異なるという基礎理論は諸悪莫作の場合と同じである。その点では誰がどのように善を認めるかということにかかっているのであるから、善の内容も過去・現在・未来に様々の仏(真実を得られた人)がおられて、説法を様々の形でやられたけれども、その現れ方が様々であるのと同じように、善の現れ方というものも千差万別である。



          ―西嶋先生の話―

毎回たいへん難しい話をしておりますので、どうも仏教と言うのはよくわからない、こんな難しい事をやっていて何になるのかと言う風な感じを持たれる場合もあるかもしれませんが、仏教と言うのは仏の教え。とは何かと言うと、今日の言葉でいえば自分で自分が運転できる人と言う意味。自分で自分が運転できるかと言うと中々そうはいかない。

今日は一つ家へ帰って勉強でもしてみようと思っていると「どうだい、今日一杯」と言われると「う―ん、そうだな」と言う様な事で行ってしまうと、一本で止めておこうと思ったのが二本、三本と重なって、最後には大きな声で歌って、駅で人にぶつかったからと言ってけんかをして、十二時すぎないと家へ帰れないという風な事もある。本人がそれを自分の本務だと考えて大いに楽しんでおるんなら、また話は別。どうもそういう生活は嫌だ、嫌だと思いながら、ついつい夕闇迫ってくると「どうだ、今日は一杯」ということにならざるを得ないというふうな例もある。誰でもがそういう事ではないけれども、しかし大体がそういうこと。

あるいは朝から晩までクヨクヨ、不平不満ばかり持っている人もいる。どうも自分はついていない、他の人は運がいいのに俺はどうも運が悪いと言う風な事を、朝から晩まで考えて毎日を送っておるような人もないことはない。また何でもかんでも腹を立てて、あいつもけしからん、こいつもけしからん、家にいれば家族を怒鳴り散らして、会社に行けば会社で下の人たちを怒鳴り飛ばしてと言う風な生き方もある。

本人がそれぞれそういう生き方に大いに満足しておる場合は問題ないんだけれども、えてしてそういう場合には自分の気持ちが落ち着かない。何とかしなきゃならんと思うんだけれども、ついつい腹を立てたり、ついつい愚痴を言ったりと言う風な事も間々ある。そうすると人間と言うのは、どうも自分で自分を運転できないものだという風に決めつけてしまう、たいていの人が、自分を運転できていないんだから、俺がこのくらい踏み外しても仕方がない、俺がダラダラして毎日時間を無駄にしててもしょうがないという風に思いがち。

ただそれと同時に時々は、自分で自分を運転できたらどんなにいいだろうと思う。、釈尊は人間と言うのは本来自分で自分が運転できるものだということをはっきり言われた。そうするためのはどうしたらいいかと言う事で説かれたのが仏教。だから仏教と言うのは自分で自分を運転する方法を教えてくださったという風に考えていい。  
                               つづく--         


読んでいただきありがとうございます。


関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
521:ワクワク by 正田寿男 on 2016/02/20 at 23:40:39

仏とは自分で自分が運転できる人という意味。
人間は本来自分で自分が運転できるもの。
そうするためにはどうしたらいいかを説いたのが仏教。
なんかワクワクします。

522:Re: ワクワク by 幽村芳春 on 2016/02/21 at 15:27:24

正田さんコメントありがとうございます。

西嶋先生の話は本当にわかりやすいですよね。坐禅をしていれば素直に「その通り、その通り」となりますよね。
これからも西嶋先生の話、楽しみにしていてください。

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

フリーエリア

ブログ名を「坐禅と暮らし」から 「正法眼蔵=坐禅」に変えました。

最近の記事

最近のコメント

リンク

カテゴリ

FC2カウンタ-