正法眼蔵 谿声山色 8
霊雲志勤禅師が「桃の花を見て真実を得た」という話が、今日のところの題材になります。
霊雲志勤禅師は、三十年にわたって仏道修行をし、坐禅の修業をしてきた人である。ある時、山歩きをして山の麓で一休みしながらはるかにひろがる人里を眺めていた。その時はちょうど春だった。眼の前一面に咲き誇っている桃の花を見ていた時に、その美しい情景に打たれて、その瞬間にこの世の真実と言うものを体得した。
そこで詩を作って大潙禅師に呈上した詩に言う。「三十年来、真実と言うものを探し求めてあちこちの寺院を渡り歩いた。その間、何回となく木の葉が散って冬になり、また春になると葉が枝につくということを繰り返した。ところがあるとき、山歩きをして疲れたので麓で休んでいた時に、眼の前に見渡す限り咲き誇っている桃の花の素晴らしさを見て以来、今まであれこれと先の事を考えたり、過去の事を考えたり、迷いに迷っていたけれども、現実の今を一所懸命やればいいということに気がついた」
この詩を聞いて大潙禅師が言われた。「客観世界の事物(桃の花)に触れる事により仏道の真実に到達した者は、永遠に真実から後退したり、真実を見失ったりすることがない」
道元禅師の注釈です。
この事は霊雲志勤禅師が仏道の真実に到達した事を、大潙禅師が認めた事に他ならない。しかしながら、およそ仏道の真実に入るという者は、誰でも縁によって入るのである。自分のいるところの環境を契機として真実に入るのである。一度、仏道の真実に入り得た者は、それから後退したり、それを失ったりする事はない。大潙禅師の言葉は、ただ霊雲志勤禅師の場合だけを言ったものではない。
霊雲志勤禅師は、その後大潙禅師の伝承してきた釈尊の説かれた宇宙秩序を継承した。もし自然の姿が釈尊の姿そのものでないとするならば、どうして霊雲志勤禅師の様に桃の花を見た時に真実を得るという事があり得よう。霊雲志勤禅師が桃の花を見ていた時に、仏道の真実に入り得たと言う事は、この自然が我々に与えてくれる美しさ素晴らしさが釈尊の姿そのものであると言う事から来ている事に他ならない。
―西嶋先生にある人が質問した―
質問
智閑禅師が瓦が竹にぶつかって悟ったとか、大潙禅師が桃の花を見て悟ったという話は、臨済系の公案と同じですか。
先生
いや、同じじゃないです。それはどういうことかと言うと、ここで、香厳智閑禅師や霊雲志勤禅師が「ああ、そうか」って気がついたということです。それは悟ったって、別に境地が開けて体が変わり心が変わったということじゃなくて、今まで一所懸命がんばってきたけれども、そういう目標を求めて努力することが必要がなかったということに気がついた。「本来、自分は仏だな」ということに気がついたという、そういう意味ですね。
ここの香厳智閑禅師の例にしても、霊雲志勤禅師の例にしても。だから、臨済系の主張するように、パッと体の状態、心の状態が変わって、それからは酒を飲んでも酔っぱらわないと言う様なわけにはいかない、と言うことも言えるわけですね。
質問
そうすると、この巻そのものは、それほど大きな…、ただ単純に、そういうものだという程度で理解すればいいわけですね。
先生
ええ。そこで、この香厳智閑禅師や霊雲志勤禅師の話は、中国の書籍によく出て来るんですよね。それが白隠禅師なんかの立場から見ると、「悟った」ということの話だというふうに説かれているわけです。道元禅師はその話をここに持ち出されて、それの意味を道元禅師なりに解釈しておられるわけです。その事は、いわゆる悟りを得た、悟りを得ないというふうなことじゃなくて、自然と言うものを契機にして、仏教の持っておる意味に気がつくというふうに理解しておられるわけですね。
ご訪問ありがとうございます。よろしければクリックお願いします。

霊雲志勤禅師は、三十年にわたって仏道修行をし、坐禅の修業をしてきた人である。ある時、山歩きをして山の麓で一休みしながらはるかにひろがる人里を眺めていた。その時はちょうど春だった。眼の前一面に咲き誇っている桃の花を見ていた時に、その美しい情景に打たれて、その瞬間にこの世の真実と言うものを体得した。
そこで詩を作って大潙禅師に呈上した詩に言う。「三十年来、真実と言うものを探し求めてあちこちの寺院を渡り歩いた。その間、何回となく木の葉が散って冬になり、また春になると葉が枝につくということを繰り返した。ところがあるとき、山歩きをして疲れたので麓で休んでいた時に、眼の前に見渡す限り咲き誇っている桃の花の素晴らしさを見て以来、今まであれこれと先の事を考えたり、過去の事を考えたり、迷いに迷っていたけれども、現実の今を一所懸命やればいいということに気がついた」
この詩を聞いて大潙禅師が言われた。「客観世界の事物(桃の花)に触れる事により仏道の真実に到達した者は、永遠に真実から後退したり、真実を見失ったりすることがない」
道元禅師の注釈です。
この事は霊雲志勤禅師が仏道の真実に到達した事を、大潙禅師が認めた事に他ならない。しかしながら、およそ仏道の真実に入るという者は、誰でも縁によって入るのである。自分のいるところの環境を契機として真実に入るのである。一度、仏道の真実に入り得た者は、それから後退したり、それを失ったりする事はない。大潙禅師の言葉は、ただ霊雲志勤禅師の場合だけを言ったものではない。
霊雲志勤禅師は、その後大潙禅師の伝承してきた釈尊の説かれた宇宙秩序を継承した。もし自然の姿が釈尊の姿そのものでないとするならば、どうして霊雲志勤禅師の様に桃の花を見た時に真実を得るという事があり得よう。霊雲志勤禅師が桃の花を見ていた時に、仏道の真実に入り得たと言う事は、この自然が我々に与えてくれる美しさ素晴らしさが釈尊の姿そのものであると言う事から来ている事に他ならない。
―西嶋先生にある人が質問した―
質問
智閑禅師が瓦が竹にぶつかって悟ったとか、大潙禅師が桃の花を見て悟ったという話は、臨済系の公案と同じですか。
先生
いや、同じじゃないです。それはどういうことかと言うと、ここで、香厳智閑禅師や霊雲志勤禅師が「ああ、そうか」って気がついたということです。それは悟ったって、別に境地が開けて体が変わり心が変わったということじゃなくて、今まで一所懸命がんばってきたけれども、そういう目標を求めて努力することが必要がなかったということに気がついた。「本来、自分は仏だな」ということに気がついたという、そういう意味ですね。
ここの香厳智閑禅師の例にしても、霊雲志勤禅師の例にしても。だから、臨済系の主張するように、パッと体の状態、心の状態が変わって、それからは酒を飲んでも酔っぱらわないと言う様なわけにはいかない、と言うことも言えるわけですね。
質問
そうすると、この巻そのものは、それほど大きな…、ただ単純に、そういうものだという程度で理解すればいいわけですね。
先生
ええ。そこで、この香厳智閑禅師や霊雲志勤禅師の話は、中国の書籍によく出て来るんですよね。それが白隠禅師なんかの立場から見ると、「悟った」ということの話だというふうに説かれているわけです。道元禅師はその話をここに持ち出されて、それの意味を道元禅師なりに解釈しておられるわけです。その事は、いわゆる悟りを得た、悟りを得ないというふうなことじゃなくて、自然と言うものを契機にして、仏教の持っておる意味に気がつくというふうに理解しておられるわけですね。
ご訪問ありがとうございます。よろしければクリックお願いします。

- 関連記事
-
- 正法眼蔵 谿声山色 9
- 正法眼蔵 谿声山色 8
- 正法眼蔵 谿声山色 7