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正法眼蔵 谿声山色 7

香厳智閑禅師の説話は続きます。

香厳智閑禅師は長い間、大潙禅師の教団にいたのであるが、その後に大証国師(唐の時代に出た有名な僧侶)の行跡をたずねて武当山に入り、大証国師の庵の跡に草をむすんで簡単な庵をつくりそこで生活するようになった。庵の周りに竹を植えて生活の友にした。ある日、道を掃いていたその時に、瓦のかけらが飛んで竹に当たり「コツン」と音がした。その「コツン」という音を聞いたときに、突如としてこの世の一切の真実と言うものががわかったという体験をした。

そこで香厳智閑禅師は体を洗い浄め大潙山の方向に向かい香をたき礼拝してから、大潙大円禅師に向かって言うには「大潙大円和尚、もしあなたがむかし私のために一句言われていたならば、どうして今この様に自力でこの世の一切がわかるという体験をする事が出来ましたでしょうか。一句をいうことを避けられた和尚の恩の深さは父母の恩より優れています」と言って、大潙大円禅師のおられる方角に向かって礼拝した。

そこで、香厳智閑禅師はついに詩をつくって言う。「瓦のかけらが竹に当たりコッンと音を出したその瞬間に、一切の様々の意識というものを気にすると言う事がなくなった。それを自分であれこれと取り繕うと言う事も必要なくなった。自分の動作が昔の先輩方と同じ様な堂々とした状態になり、しょんぼりとしおれることがなくなった。常に自分の行動なり考え方が自由闊達で、あれこれと問題を残してヨクヨする事がなくなった。自分の日常生活における態度というものは、耳に聞こえたり眼に見えたりということ以上の威風が具わって、様々の地方にいるところの真実を得た人々が自分を見た場合に、誰もが異口同音に「この上なしの境涯の人だ、この上なしの性格の人だ、この上なしの素質の人だ」と言うに違いない」と。

香厳智閑禅師は、こういう自信に満ちた詩をつくって自分の境地を表現した。この詩を大潙大円禅師に呈上したところ「この弟子は、とうとう本物になった」と大潙大円禅師は評価された。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
先生、また俗な事をお伺いするんですけど、現実の問題として、たとえば電車の中でスリを見つけたとしますね。その場合、どういう・・・。

先生
それはその場、その場によってですよね。状況によってですよね。その場合にはどういう対処の仕方をするのかってのは、やっぱりその場の具体的な情景で判断するしかないということ。原則論として、こういう風にすべきだというふうな捉え方はできないという問題があると思いますね。

質問
まあ一般的に、勇気を出してそこで大声を上げるとか、みんなで結束して捕まえようなんて言うことを言いますけれど、それはちょっとどうかと思うんですよね。

質問
テレビで言ってましたよ。

質問
だって、刃物持っていたら大変でしょう。

質問
そうなんですね。仕返ししますからね。その場に応じてということにしましょう。

先生
うん、まあそういうことだと思いますよ。不正を見過ごすという必要はないし、そうかといって、その場の情景から、突拍子もないことをやって、おかしな結果を招くということも避けなきゃならんし、ということだと思います。
だから現実の場でどうするかと言うと、その場その場での解決にならざるを得ないということがあると思います。あらかじめ原則論として、この場合はこうしたらいいというふうな教えと言うものは仏教からは出てこない。
仏教と言うのは、その場、その時におけるどうしたらいいかと言う問題だと思うんですね。だから原則論で、これはこういうふうな、あらかじめ想定したうえでの割り切り方と言うのは出てこないもんだというのが、仏教の教ですよね。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」戒名 幽村芳春。平成20年「嗣書」授かる。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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