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正法眼蔵 谿声山色 2

「谿声山色」の巻、本文に入ります。

釈尊の説かれた教え(最高にして均衡がとれかつ正しい真理)を我が身に伝え、自分自身に受け取って、それを実践しているところの真実を捉えられた方々は決して少なくない。真実を得るために、自分の骨を粉にして、努力されたところの先輩と言うものがないわけではない。

※西嶋先生解説
――仏教ではよくこの「ないわけではない」と言う言葉を使う。それは我々が住んでいる現実そのものがそういう表現の方が適している場合があり得る。あるとかないというのは、普通の常識的な捉え方で「ある」とか「ない」とかという表現をするわけだけれども、我々の人生の実態と言うものは、「ないわけではない」と言う表現の方が我々の日常生活をより伝えておるという面がある。
人間と言うのは非常に複雑なもので、良心ばかりがあって常にいいことをしておるかと言うと、中々そうはいかない。それじゃ良心はないかというと、「ないわけではない」というふうなところが現実に合っておるのではないかと言う面がある。ということは、人間悪いことばかりしているかと言うと、必ずしもそうではない。たまたまいいことをするという面もあって、その点では「ないわけではない」と言うふうなのが現実の世界を表現する一つの表現の仕方――

達磨大師の弟子になりたいために、自分の腕を断ち切った太祖慧可大師の行いを学ぶべきであり、燃燈仏のために、ぬかるみに自分の髪の毛を敷いて、その上を燃燈仏に歩いていただいたと言う釈尊の話も残されている。

西嶋先生解説
――太祖慧可大師は出家の人であったけれども、達磨大師が少林寺において修行をしておられるというのを知って、ぜひ弟子にしてもらいたいということで、ある雪の降りしきる日に山に登って行った。そして「ぜひ弟子にしてほしい」と頼んだけれども、達磨大師は簡単に許してくれなかった。そこで太祖慧可大師は自分の覚悟を示す意味で、腕を断ち切って達磨大師の前に差し出したと言われておる。そのことを見て達磨大師が、その太祖慧可大師の覚悟は並々でないのを知って弟子にしたということが伝えられている――

一人一人の各人が真実を得る事を実現していくにあたっては、知識が増えて一切のものがわかったという形のものではない。従来持っていた知識や理解というものに束縛される事なく、長い時間にわたってハッキリとわからなかった事が、急に現実のものとして一切が目の前に出現しわかる様な状態になる。この様な時期における、この様な瞬間における現在と言うものは、自分自身も意識せず、第三者も気付かず、相手方も予期せず、さらに釈尊の眼といえども、その真実を覗こうとしても覗くことはできない。

※西嶋先生解説
――そのことはどう言う事かと言うと、自分が真実と一体になったかどうかと言う事は、自分自身ではわからないと言う状況がある。我々が坐禅をやっている時に、悟ったとか、悟らないとかと言う事は自分自身では感ずる事はない。だからその点では、毎日坐禅をやるという意外に手がないという事。毎日坐禅をやっているうちに、体が変わると言う事はある。毎日坐禅をやっているうちに、心が変わると言う事はある。それは後で気がつく事です。
坐禅をやっている時、ある日突然電燈がパッとつく様に「悟った!」と言う様な事はない。むしろ坐っておること自体が悟りであるけれども、それが悟りであると言う事は、自分自身にはわからないと言うのが真実です。この考え方は「正法眼蔵」には何回となく出て来る。仏道の究極は、坐禅をしてそして感じるしかない。自分ではわからないけれども、実際にやってみる事でしかない。体験する事でしかない。その事が、谿声山色の巻で説かれておる――

人間の頭で人間の考えでそういうものが、想像出来るはずがあろうか。自然の中にわが身をおいて感ずるもの、それもまた自分でわかった、わからんと言う事ではない。何となく体全体で感じ取るものが自然の美しさであり、またそれが釈尊の教えそのものである。


読んでいただきありがとうございます。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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仏向上事の巻に入りました。 仏(真実を得た人)とは、真実を得た後もさらにその事を意識せず日々向上の努力を続けている生きた人間の事である。そしてこのように真実を得た後も日々向上に努力して行く人のことを仏向上人と言い、その様な努力の事態を仏向上ノ事と言う。道元禅師が諸先輩の言葉を引用しながら説かれます。

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