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正法眼蔵 礼拝得髄 23

道元禅師の説示は続きます。

結界というものをつくって、尼僧や女性を入れないという人々が、十悪(十の基本的にやってはならないこと)を平気でやって、少しもはばかるところがないし、十重禁戒(人を殺す、嘘をつく等十種類の行いを禁止した重い戒律)を、どれ一つとして犯さないものがないほど犯している。ただ自分たちが罪を犯すところの世界をつくって、まだ罪を犯していない人々が入ってくることを嫌がって邪魔をしているのであろうか。

まして仏教の教えにおいては、五逆罪(父を殺す、母を殺す、仏教の究極に立った人を殺す、釈尊の体から血を出させる、仏教教団における平和を乱す)という五種類の非常に重い罪がある。この結界の地域に住んでいる者は、この五逆の罪をつくるに違いない。この様な悪魔の住まいというものは、すぐにも打ち破るべきである。我々は釈尊の教化を学び、釈尊の説かれた世界に入るべきである。結界を打ち破って釈尊の教えを具体的なものとして実現することが、まさしく釈尊のご恩に報ずる道であろう。

この様に結界と称して尼僧、在家の女性を入れないと頑張っている人々は、いったい結界と言うものの趣旨をしっているのであろうか。その趣旨を誰から伝承し、誰の許可を得てその様な事をやっているのか。いわゆる真実を得られた方々によってつくられた結界と言う地域に入る者は、真実を得た人々も、真実に到達していない人々も、それらの人々を乗せている大地も、それらの人々の住んでいる空間も、一切の束縛から解放されて、真実を得られた人々が持っている素晴らしい教えに帰一するのである。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
道元禅師のこういった文章と言うのは、当時の比叡山の天台教学を相当刺激したんではないでしょうか。

先生
恐らくそうだと思います。道元禅師がこの時はまだ京都におられた時なんですが、道元禅師がなぜ福井県に行かなければならなかったかということの一つの理由は、寺が比叡山の僧侶によって焼き討ちに遭っておるらしいですよね。で、結局京都にはいられなくなって、その時に波多野義重と言う鎌倉幕府の有力な武士が、自分の領土が福井県の方にあって、そこに行かないかと誘ったんで、そういう迫害を避けるという意味もあって福井県に移られたと、そういう風にも想像できるんですよね。
だから、こういう文章を書いて、いままで仏教界では想像もできなかったようなことをいろいろ言われたもんですから、「あいつは生意気だ。消してしまえ」と言う様な事で焼き討ちに遭ったということがあったようですね。

質問
当時、比叡山を刺激したことは事実なんでございますね。

先生
これは非常に刺激したでしょうな。みんなえばっているところを、下からごそごそ揺らすようなもんですから、安心して上にのっていられないということになれば、「とんでもない奴だ」ということになったと思います。


読んでいただきありがとうございます。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事していた愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅とは姿勢を正してきちんと坐ることである。 姿勢反射が働いて、交感神経と副交感神経とが同じになり、 考え過ぎからくる不満がなくなり、感じ過ぎからくる不安が消える。 実行力が生まれ、やりたいと思う事が直ぐできるようになり、 やりたくないと思う事はやめることが出来るようになる。 自分自身と宇宙とが一体となり最も幸福な人生を送ることが出来る。

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