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正法眼蔵 礼拝得髄 18

道元禅師の説示は続きます。

中国僧が立てた願の様に「女性を見ない」と言う事が正しいのであるならば、若い時には結婚もしておられた釈尊及び同じ時代に生きられた仏道修行者も女性を教化しておられるのであるが、それらの人々は皆罪があったと言うのか。また釈尊及びその時代の仏道修行者は、この愚かな中国僧よりも真実を得たいという気持ちが浅かったとでも言うのか。静かによくよく考えて見る必要がある。

釈尊の説かれた宇宙の秩序を伝承して来たところの代々の教団の指導者、並びに釈尊の生きておられた時代の仏道修行者たちは、この様な願が仮にないとするならば、釈尊の説かれた宇宙の秩序を勉強した事にはならないとでも言うのであろうか。もし、この中国僧の様に「女性を見まい」と言う願を立てる様な事があれば、一切の女性を救う事をしないばかりでなく、釈尊の教えを身につけた女性が大寺院の住職となって説法をするような場合でも、その女性の説法をその場に行って聞いてはならないのであろうか。もし、そう言う女性の真実の説法をそこに行って聞く事をしないならば、真の意味での仏道修行者と言う事は出来ないし、まさに釈尊の教え以外の教えを奉ずる者に他ならない。

現在、中国における様子を見ると、長い間修行をして十分に鍛錬を重ねたと見られる僧侶に関しても、文字であれこれと経典を読みあさって仏道を勉強しているが、仏道の真実がわからず生き死にの巷に彷徨っているに過ぎない者がいる。女性であっても、高徳の僧侶を訪ねてその指導を受け、坐禅の修業をやってすでに指導者になっている者もいる。また「金剛経」の大家と称していた徳山禅師に対して餅を売らずに捨ててしまったような老婆等の例もある。

※徳山禅師と老婆の説話について西嶋先生の解説
徳山禅師と言う僧侶が「金剛経」に非常に熟達していると自慢していた。自分は「金剛経」の解釈に関しては天下第一だと自信をもっていた。ある時、南の方に他の宗派の教えがあると聞いて、自分がそれらを議論で打ち負かしてやろうと気負いこんで出かけた。旅で疲れたので道端で休んでいると、そこへ荷物を担いだ老婆がやってきた。徳山禅師がいるその場所で、老婆は一緒に休んだ。徳山禅師は「金剛経」の注釈書を荷物として担いでいた。

そこで、老婆が徳山禅師に「その担いでいる荷物は何ですか」と聞いた。徳山禅師は「これは金剛経の注釈書だ、私は天下に有名な金剛経の大家だ」と答えた。今度は、徳山禅師が老婆に「お前さんの商売は何か」と聞いた。老婆は「わしは餅を売っている婆だ」と答えた。すると徳山禅師が「じゃあ、わしに餅を売ってくれないか」と言った。

その時、老婆が金剛経に「過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得」と書いてあったと記憶していますが、和尚さんはどの心でこの餅をお食べになるのですか」と質問した。ところが、徳山禅師は経典の文字の意味は知っていたが、それが実生活でどういう意味を持っているかと言う事は勉強していなかったので、その餅売りの老婆の質問に返事のしようがなくて立ち往生してしまった。すると、餅売りの老婆はいかにも軽蔑した様子で、餅を売らないで袂をひるがえしてサッサとその場を去ってしまった。そこで徳山禅師が「画にかいた餅は腹の足しにならん」と嘆いた。

※私の独り言。
徳山禅師と老婆の問答に関連した、「心不可得」の巻、「画餅」の巻もこれから出てきます。道元禅師の思想は「正法眼蔵」全巻にわたっているので、一巻、一巻読み終わるごとに次の巻が待ち遠しいです。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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