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正法眼蔵 礼拝得髄 16

道元禅師の説示は続きます。

また現在でも愚かな人々は、女性をみる場合に、女性を淫欲を貪るための対象であると言う考え方をする、しかもこの考え方を改めずに女性をみる。釈尊の弟子たるものは、この様な事があってはならない。もし、女性が淫欲の対象だからと言って嫌う様な事があれば、それと同じ様な理由から全ての男性も嫌わなければならない。汚れの原因、直接間接の原因となるという点からすれば、女性も男性も汚れの対象になる。男女の性別のない草木や土石も汚れの対象になる。夢幻の様なむなしい現象も汚れの対象となる。

ある場合には、水面に映った姿を対象にして不浄の行為をした者もある。ある場合には、太陽の光を対象として不浄の行為をした者もある。神も鬼の様なモノも不浄行の対象になり得る。この様に、不浄行の対象は全部を数えようとしても、数え尽くす事が出来ない。この様な境涯は、男であれ女であれ、神であれ鬼であれ、太陽の光であれ全部嫌わなくてはならないのであろうか。これらの対象を全部捨てなければならないのであろうか。これらをすべて見てはならないのであろうか。

戒律を説いた教典には、男子の体の二ヶ所、女子の体の三ヶ所に関してこれを教団内で犯した場合には、いずれも重大な罪となり、教団生活を一緒にすることは出来ないと書かれている。この様に戒律を説いた教典では、男女の区別なしに、ともに淫欲の対象となると説かれている。しかし、淫欲の対象になると言うだけで男女が互いに嫌い合うならば、全ての男子と女子とがお互いに嫌いあって、いつになっても仏道の真実を得るという時期を期待する事は出来ない。この理論を詳細に考えて見る必要がある。

釈尊の教えに帰依していない人にも、伴侶がなくて独身の人がいる。たとえ伴侶がいないからと言っても釈尊の教えに帰依していなければ、誤った考え方の非仏教徒に他ならない。また釈尊の弟子の中でも、在家の男女についてはそれぞれ妻があり夫がある。しかし、妻であり夫があったとしても、釈尊の弟子である以上は人間の中にあって、最高の部類に属する者である事に変わりはない。



          ―西嶋先生の話―

私は坐禅の時に、棒を持って叩いて回るというような事はしない。なぜしないかと言うと、坐禅の邪魔になるからです。坐禅というのは、棒でぶたれるから一所懸命背骨を伸ばしてるんだと言う、そう言う哀れなモノではない。

各人が自分自身で坐禅をやろうという気になって一所懸命やっている。これくらい尊いものはない。はたから棒を持って回って姿勢が崩れていたら叩くと言う事は全く必要がない。各人が自覚を持って坐禅をやりたいと思うから、こういう坐禅会に集まって来る。集まって来た時から、もうすでに仏になっている。さらに坐禅をして仏の光が増すという事でしかない。

あとは、坐禅を毎日やれるというところにもっていく。坐禅を続けていく事によって、人生をどう生きなければならんかと言う事は坐禅が教えてくれる。偉い師匠がいて教えてくれると言う事よりも、坐禅をやる生活を通して自分自身がどうしなければならないかと言う事が本能的にわかり直観的にわかる。

※お礼
一年間お付き合い頂きありがとうございました。
よいお年をお迎えください。


読んでいただきありがとうございます。


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コメント
492:新年明けましておめでとうございます。 by 正田寿男 on 2016/01/01 at 03:48:00

昨年1月26日に坐禅の仕方を教えていただき、2月5日から朝は坐禅してから散歩の順番になりました。
リズムがとても良くなりました。
2月24日に初めて結跏趺坐が出来ました。
初めて「坐禅」を感じました。
7月1日、西嶋先生の「幸福な生き方」を読み始めました。
1年後が楽しみで8月12日から坐禅の時間が朝も夜も30分になりました。
変わったことは、とにかく今の状況でベストを尽くすことに集中出来るようになりました。
手を抜かなくなりました。
頭が痛くなることが少なくなりました。
前よりは平等に人と接することができるようになりました。
怒ることがなくなりました。
今大切なことから順番に処理するようになりました。
出来なかったことに後悔しないようになりました。
出来なかったことで人を責めることをしなくなりました。

本年もよろしくお願い申し上げます。

493:新年あけましておめでとうございます by えいび on 2016/01/01 at 15:49:31

本年もよろしくお願いします。

495:Re: 新年あけましておめでとうございます by 幽村芳春 on 2016/01/01 at 21:27:38

えいびさん、新年あけましておめでとうございます。
ブログいつも楽しく読ませていただいています。
今年もよろしくお願いします。

496:Re: 新年明けましておめでとうございます。 by 幽村芳春 on 2016/01/01 at 22:19:01

Re: 新年明けましておめでとうございます。

正田さんコメントありがとうございます。

坐禅の効用は、実際に坐禅をしてみればわかりますよね。
箇条書きにされたようなことは私も感じます。
「幸福な生き方」は中小企業の経営者などの希望で出版されたと、西嶋先生よりお聞きしました。
「仕事はゆっくり考えてやりましょうでは間に合いません、一瞬、一瞬の判断の連続です」と先生は言っていました。
坐禅は習慣になるとやらずにはいられません。まさに只管打坐です。
正法眼蔵はまだまだ続きます。これからもよろしくお願いします。

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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