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正法眼蔵 一顆明珠 7

「玄沙師備禅師と弟子との問答について道元禅師の注釈は続きます。 

この宇宙は客観的な世界だけではなく、この中に日々活動して真実を求め、真実を究めている様々な人間がいて、それらを含んだところの宇宙である。この様な状態においては、素晴らしい珠と言うものが、ある場合には、空間にある、ある場合には人の衣の中にある、ある場合には顎の下にある、ある場合には髪を結んだ中にある。様々の場所に様々の形で、一粒の輝かしい珠にたとえられるような宇宙の実体と言うものは具わっており、そういう様々のものの中に様々の姿で存在するところのものが、玄沙師備禅師が言われた「全宇宙は一粒の輝かしい珠」であるというものに他ならない。

この一粒の輝かしい珠と言うものは、衣の内側、顎の下、髪を結んだ中等、人の見えないところに存在するのが本来の姿であるから、それを表に出して、人に見せようと考えるべきではないし言うべきではない。また酒を飲んで酔った時に一粒の輝かしい珠を与えてくれる親友もある。本当に親しい友達である以上は、お互いに持っている素晴らしい性質を知らせあうべきである。この様な珠を与えられる瞬間は、必ず何かの事に一所懸命になっている時点においてである。

※西嶋先生解説
「酒を飲んで酔った時に一粒の輝かしい珠を与えてくれる親友」の話は「妙法蓮華経」の中にあります。  

ある親友同士の話である。一人は成功して豊かな暮らしをしていた。もう一人は貧しい暮らしをしていた。ある時二人が会った時に酒を酌み交わした。そのうちに、貧しい暮らしをしている方が酒に酔って寝てしまった。相手の金持ちの友達は旅行に出かける必要があったので、その寝てしまった友達に知らせずにこっそり、とても値打ちのある珠を着物の中に縫い付けて旅に出た。そして長い年月がたってからまた二人が会った。その時に金持ちの方の友達が「お前さんは、着物の中に縫い付けておいた珠を使ったか」と聞いた。ところが貧しい方の友達は「いやそんなものは全く知らない、第一そういう珠があるなんて事は全然知らない」と言った。「それではお前の着物を調べてみよう」と、二人で調べた。すると、その貧しい友達の着物の中に、何年か前に縫い付けておいた非常に貴重な珠が縫い付けられたままであった。

この話は、我々人間は非常に貴重なものを各人が持っている。だれもが持っているけれども、それに気付いてそれを使うか使わないかと言う事で我々の人生が分かれてしまう。そういう点では、せっかく友達が値打ちのあるものを着物の中に縫いつけておいてくれても、それに気付かず、それを使うだけの力がなければ一生宝の持ち腐れと言う可能性もある。その事を「法華経」ではこういう二人の友達の喩え話として説かれている。
                                つづく--


読んでいただきありがとうございます。


   
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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅とは姿勢を正してきちんと坐ることである。 姿勢反射が働いて、交感神経と副交感神経とが同じになり、 考え過ぎからくる不満がなくなり、感じ過ぎからくる不安が消える。 実行力が生まれ、やりたいと思う事が直ぐできるようになり、 やりたくないと思う事はやめることが出来るようになる。 自分自身と宇宙とが一体となり最も幸福な人生を送ることが出来る。

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