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坐禅と合理主義

仏教では、原因・結果の関係を信じます。理論に合うことが大切で、理論に合わないことはおかしいと言う考え方です。

「世の中が乱れている」
「今の世の中なんとなく不安だ」
「これから、世の中どうなるかわかんない」
「今の時代狂っている」
この様な事を言う人が、そう感じている原因は大体自分自身にあるみたいです。自分の「行い」に関係しているようです。浮気をしているのに、ばれるのではないかとビクビクしたり,酒を飲んで運転するのに、つかまるのではないかとビクビクし、寝る時間に遊び歩いていてからだの調子を心配したりします。

今の結果は、すべて原因があります。今の結果は、どこからともなく湧き出たものではありません。そして、この世の中は理論どうりに成り立っていて、世の中が間違っていると思ったときは必ず自分が間違っていると言えると仏教では主張しています。


読んでいただきありがとうございます。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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恁麼(いんも)の巻に入りました。 恁麼とは、宋の時代の俗語で「あの」とか「あれ」という意味を表わす指示代名詞であり、用例によっては「なに」というような」疑問の意味を表わす場合もある。言葉で具体的に表現することの困難な何物かを指すところから、仏教が追い求めるところの心理を言い難き何物かという意味で、この恁麼という言葉で表現した。

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