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正法眼蔵 弁道話 34

「弁道話」の巻は続きます。

総じて我が国は大海の東に位し、インドや中国から見ると雲や煙を隔て非常に遠い国ではあるけれども、欽明天皇、用明天皇の時代の前後から、仏教が西方から伝わってきた事は日本の人々にとって幸せな事であった。しかしながら、頭で考えた事や見聞きした事についての哲学論議は盛んであったけれども、実際の修行を一体どうすればいいのか見当もつかなかった。ところが今は、自分(道元)が中国から坐禅というものを持って来た。

したがって、破れ衣をまとい、粗末な食器を自分の生涯の唯一の友として、自然の環境の中において茅で粗末な家を建て、その中できちんと坐って坐禅による修行をする事により、単に釈尊の教えがわかるという事だけではなしに、さらにそれを基礎にしてますます向上していくという生活がたちまち具体的なものになって、自分の一生をかけて仏道を勉強してみたいという大事業が即座に究極の目的に到達してしまう事態となるのである。これこそ竜牙居遁禅師の残された尊い教えであり、摩訶迦葉尊者の遺風である。その坐禅のやり方については、自分(道元)が中国から帰国した嘉禄の年代に編集した「普勧坐禅儀」に依って、出家人も在家人も修行すべきである。

元来仏法を国中に広めるにあたっては、国王の命令を待ってすべきであると一般に言われているけれども、あらためて釈尊の残された教えを考えてみるに、沢山の国々の国王、王子、大臣、大将等、様々な人々がいずれも有り難いことには釈尊の直接の命令を受けて、かつての時代における仏法を守り保持しようとする本来の志を忘れず、現在に生きてこられたものである。その教化の及ぶ場所は、一つとして釈尊の支配していない国はない。

この様な理由から、釈尊の説かれた教えを広く行き渡らせるという観点からすれば、必ずしも場所を選んだり、客観情勢の熟するのをまったりする必要はない。今日が最初、今日が出発点と言う考え方で、くじけず努力して行く以外に我々の人生はない。そういう考え方から、外国で見聞きしてきたところを拾い集めて、釈尊の説かれた宇宙の秩序をどうにかして得たいと考えている優れた師匠や真実を求め雲や浮き草のようにあちこちと諸国を遍歴して、仏道を勉強したいと考えている真の求道者にこの教えを残す。

         「正法眼蔵弁道話」
         1231年旧暦8月15日
         宋の国に行き釈尊の教えを日本に伝承して来た
         僧侶である道元が書き記した。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
大変細かい質問で恐縮なんですが、「弁道話」の終わりに「寛喜辛卯中秋日」とありますね。寛喜辛卯は日本的な年号なんですが、1231年という西暦の年号をお使いになりましたのは、先生が初めてなんでしょうか。

先生
今の年号問題とも考え方として関連があるんですが、私がなぜ西暦年号を使ったかと言いますと、思想というものは世界的に通用しなきゃならんという事があると思うんです。だからそういう点では寛喜辛卯というふうに日本の古来の年号に従って説明しますと、いかにも古めかしくて権威があるような感じはするわけです。ただ思想とは世界的に通用しなきゃならんという事であるとすれば、年号の表現としては世界に通用する年号の数え方の方がより適切だというのが私の考え方です。それで現代語訳の方では西暦を使った。西暦が尊くて東洋が駄目だとか、東洋は尊くて、西洋は駄目だという事ではなしに、どこの国でも通用する年代の数え方というものが基準になって決しておかしくないんだという事に関連しているわけです。

質問
そうしますと「正法眼蔵」を書いた日につきましては、全部先生は西暦年号を使っておられますけれども、これは先生の、大変失礼な言葉とは思いますけれども、独創であると解釈してもよろしいわけですか。

先生
今までこういう表現の仕方をしなかったという事は事実ですね。

質問
すると、先生が初めておやりなったと。

先生
おそらくそうだと思います。それで、私の「正法眼蔵」に対する説明の仕方も、どういう言葉を使うかというと、世界的に通用する言葉を基準にするわけです。だからそういう点では、年号も同じような意味がある。単に、新しがって特にという事ではなしに、公平な意味で普通に理解するならば、そういう理解の仕方の方がより適切だと、そういう考え方です。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
夫婦で店を始めて43年。生活=仕事。毎日朝晩自宅で坐禅をし、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」を授かりました。     

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