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正法眼蔵 弁道話 32

十八問答は続きます。

質問-18
インドにおいても中国においても、人間が元来質朴であり素直である。これはいずれも文化の中心国であるためであり、これらの国の人々は、釈尊が説かれた宇宙の秩序を教えて指導すると、非常に早く理解し仏道に入る。ところが我が国は、昔から人に対する情けも乏しいし、ものを理解する智慧も少なくて仏教を理解する上での正しい素質というものが中々具わりにくい。これは我が国が中国やインドに比べると、まだ文化の進んでいない野蛮な国であるためであって甚だ残念なことである。

また日本の僧侶はインドや中国の一般社会で働いている人にも劣っており、社会全体が愚劣で智慧が発達しておらず大きくものを考える事が出来ない。人に褒められたいとか、金儲けに執着してやる行いというものが好きで、人に目立つような善を好む。こういう人々が仮に坐禅をしてみたところで、即座に釈尊の説かれた宇宙秩序を体験し、それを自分のものにすることがあろうか。
    
西嶋先生解説     
道元禅師の生きておられた鎌倉時代には、わが国よりもインドや中国の方が文明が進んでおったというのが実情。だから道元禅師も、日本における仏道だけでは満足がいかないということで中国に渡られたわけであります。そういう歴史的背景があって質問-18は理解できる。


なるほど、お前の言う通りだ。わが国の人々は、人に対する情けも物事を理解する智慧もまだ十分ではない。人がまだ素直でなくて、いろいろと曲りくねったものの考え方をする。真っ直ぐな直接の釈尊の教えを示したとしても、かえって人々にとって災いとなってしまう事もあり得る。そして名誉や利得と言うものには、すぐついて行って一所懸命やるけれども、惑いや執着というものから開放されると言う事が難しい。釈尊の説かれた宇宙の秩序を体験し、その中に入っていくと言う事は、必ずしも世間一般の知恵というものが基準になって教えの中に入っていくわけではない。社会生活においてどうであろうという事とは関係なしに、仏道には仏道に対する入り方がある。

例えば、釈尊の生きておられた時代に、年少の僧侶からも馬鹿にされていた年を取った愚暗の僧侶がいた。ある日若い僧侶がその年寄りの僧侶を馬鹿にするつもりで、暗い部屋に坐らせ毬でその僧侶の頭を打って、一つ打っては「最初の悟りはお前の頭に入った」、二つ打って「よし、二番目が入った」、三つ打って「三番目が入ったぞ」、四つ打って「もう全部入ったぞ」とからかった。ところがその年を取った愚暗の僧侶は、毬で頭を四回打たれ、本当に釈尊の教えが自分に入ったと信じ込んだ。そのことが釈尊の教えを悟る機縁となって、修行による成果を全て得てしまった。これは、世間的な知恵(頭がいいとか、悪いとか)が、釈尊の教えを身につける事の原因にはならないと言う例である。

また、別の例として、遊女が尼のところに遊びに行って「尼さんが着ているお袈裟を着てみたいので貸してください」と言って、冗談のつもりで袈裟をかけた。この事が原因になって、その後その遊女そのものが尼になって、仏道修行をして悟りを開いたという話も伝えられている。これらの例は、正しい信仰に助けられると迷いから離れていく方法というものがあるという例である。

また別の例として、正式の食事で僧侶に供養しようとした在家の女子が、愚暗の年を取った僧侶が一人で黙然と坐禅をしていたのを見た事によって、仏道の何たるかを体得したと伝えられている。この例もその在家の女子に智慧があったわけではない。経典が読めて、経典の意味が解かったという事でもない。だれか偉い人から教えを受けて悟ったという事でもない。言葉による教えによって悟りを得たという事でもない。まさに正しい信仰というものに助けられて、仏道に入ることが出来たのである。

           答は次回に続きます。



          ―西嶋先生の話- 

私は講義の前によく政治の問題を取り上げる訳であります。なぜ政治の話をするか、釈尊の教えは、我々の生きているこの現実の世界がどんな世界であるかと言う事を説かれた教えですから、当然現実の社会と関連していると言う問題があります。普通、宗教的な考え方では、現実の世界は汚れた世界である。教えの世界はもっと清らかな世界である。だから汚れた世界は見向きもしないで、清らかな世界に憧れる事が正しい教えだと言う考え方がありますが、釈尊はそう言う事は一言も言っておられない。

何が真実かと言えば、「この世が真実」「我々の現に生きている世界が真実」だから、それを勉強しなさいと。釈尊は「法」というものをお説きになった。「法」とは、我々が生きているこの現実の世界そのもの。それを勉強しなさい、それが真実だ、とこう言う事を言われた。ですから、政治の世界も非常に複雑な内容を含んでおりますが、沢山の人々が自分たちの考え方を実現しようとして争っている世界です。だから、非常に厳密な世界であると同時に、真実に無縁の世界ばかりではない。
  
人類の文化が未発達の頃には、かなりでたらめな運営が人間社会で行われたわけですが、人間の文化が進んできますと人間の社会の動きもそれなりにまともになってきた。21世紀の今日では、かなりまともな方向で社会運営をするようになって来ているという事です。そしてその頂点の争いが、政治であります。だから、政治と言うものを眺めて、どうなっているかという事を理解する事、この世の中がどんな動きをしているか、と言う風な問題とが密接に関連している。

そういう意味で政治が「釈尊の教えがどういう教えか」と言う事を現実に示す材料として役に立つところから、私は政治の話を仏教の話の中でするわけです。道元禅師の教えを勉強し、龍樹尊者の教えを勉強した限りでは、釈尊の教えとはどうしてもそういう現実を基準にした考え方です。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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恁麼(いんも)の巻に入りました。 恁麼とは、宋の時代の俗語で「あの」とか「あれ」という意味を表わす指示代名詞であり、用例によっては「なに」というような」疑問の意味を表わす場合もある。言葉で具体的に表現することの困難な何物かを指すところから、仏教が追い求めるところの心理を言い難き何物かという意味で、この恁麼という言葉で表現した。

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