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正法眼蔵 弁道話 4

道元禅師の弁道話は続きます。

自分(道元)は発菩提心(本当の事を知りたいという気持ち)を起こし、(現実の世界を支配している宇宙秩序の教え)を求めて以来、我が国の色々な方面に徳の高い僧侶を訪ねた。ある時、建仁寺の明全和尚に相見し、師事した歳月も瞬く間に九年たってしまった。かなり臨済禅師の系統の教えを聞いた。この明全禅師は、栄西禅師の弟子の中では唯一と言っていいほど、釈尊の説かれた宇宙の秩序と言うものを正しく伝承していた。他の弟子がこの明全禅師と肩を並べようとしても、力量が違っていて肩を並べるわけにはいかないという状態であった。

自分はさらに大宋国に赴き、浙江省に行って徳の高い僧侶をいろいろと訪ねて、仏教に関係する五つの宗派(臨済宗・潙仰宗・曹洞宗・雲門宗・法眼宗)に聞いた。そして最後に天童山の如浄禅師に弟子入りして、一生をかけて仏道を勉強しようとしていた大事業がここで完成した。

その後、宋の紹定年間の初めに日本に帰って来たが、その時は直ちに釈尊の説かれた教えを広め、一切の生あるものを救済することを念願としていたので、あたかも重い荷物を肩に乗せたような気持であった。しかしながら仏教の信仰が盛り上がってくるような時期がいずれは来るであろう。そういう時代を待つために、それまではしばらく雲の様にあちこちと全国を歩き回り、浮草の様にあちこちの寺に泊まり、自分も過去の先輩方がやられたのと同じ様な寺院めぐりをしようかと考えた。

しかしながら、万が一にも名誉や利得と言うものに関心を持たず、本当の意味で仏教を勉強してみたいという人があった場合に、もし自分があちこちと全国を浮草のように歩いているならば、その人々が正しかざる師匠のために混乱させられて、無駄な努力をし、むやみに正しい理解と言うものをくらまされて、本当のものがわかっていないのに自己陶酔に陥って、長い期間にわたって迷いの境地に沈んでそこから出られないということがあった場合に、それらの人々は、何によって智慧の正しい素質を伸ばし、釈尊が説かれた教えを自分の身につける時期をどうして得ることが出来よう。どこに行ったら本当の師匠に巡り合うかがわからないであろう。

もしもこの様な事態が起こったならば、非常に気の毒な事であると考えたので、自分が現にこの目で大宋国において見聞きし、そこにいる徳の高い僧侶が説かれた奥深い思想を受け取り、それを保持してきたのであるから、それらを記し集めて、真実を学ぼうとする真の求道者に残し、仏教徒としての正しいやり方と言うものがどういうものであるかということを知らせようと考える。これこそまさに非常に大切なことではなかろうか。



          ―西嶋先生の話―

仏道は何のために勉強するかと言うと、金儲けのためでもない。人に褒められるためのものでもない。仏道は何のためにするかと言うと、仏道を知りたいということ、本当のことを知りたいという気持ちにせき立てられて「法」を求めるということ。法とは釈尊が説かれた教え。釈尊はどういう事を説かれたかと言うとこの我々の住んでいる世界そのもの、我々が住んでいる宇宙そのもの、それを勉強しろと言われた。法と言うのはこの我々の住んでいる世界、我々の住んでいる宇宙そのものの事であります。

なぜそれを勉強することが大切かと言うと、我々人間と言うのは頭が非常に優れておる。サルと人間とどこが違うかと言うと、脳細胞が非常に優れているという点が大きな違い。そういうふうにものを考える力が優れているということは、逆にがその考えに引きずり回されるということもあり得るわけです。実際に我々は、現実に生きておる現実の世界よりも、頭の中で考えた事の方が大切と思いがちなのであります。

だからそういう点からすると、本を読んで色々な知識を求めるということ、あるいは色んな本を読んでいろんな考え方を勉強することの方が大事で、日常生活をしっかり見つめるということの方は二の次という考え方が人間にはありがちなんです。これはもう何千年も昔から、人類が発生すると同時に生れてきた思想であります。だからそういう点では「あの人は頭がいい」と言うとそれだけで尊敬の対象になる。ただ、頭がいいだけで人間が生きていけるかと言うと、それ以外の何かが欠けていると、頭のいいということが災いして、おかしな方向にいっててしまうという例はいくらもある。人間の価値の一番大切なものが頭のいいこと、ものを考えるということだけなのかと言うと、それは実際疑問である。
                    つづく--


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
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師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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仏向上事の巻に入りました。 仏(真実を得た人)とは、真実を得た後もさらにその事を意識せず日々向上の努力を続けている生きた人間の事である。そしてこのように真実を得た後も日々向上に努力して行く人のことを仏向上人と言い、その様な努力の事態を仏向上ノ事と言う。道元禅師が諸先輩の言葉を引用しながら説かれます。

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