トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

坐禅と生活

私の一日は、まず起床・洗顔をして身なりを整えます。次に30分間、朝の坐禅をします。何も考えないで、手を組み足を組み背骨を伸ばしてじっと坐っていると 車の音・登校する子供たちの声・鳥の鳴き声・雨の音・風の気配、等々普段あまり気にしてない事に気付きます。

ところが坐っていても、何か考え事をしていると考え事に捕らえられ何も聞こえてきません。「何も考えないでいられる事が、いかに難しい事であるか」と坐禅をして感じました。終了の合図が鳴りますもっと坐っていたいな-と思いながら朝の坐禅を終わりにします。

その後は、夜まで日常生活になります

夜は朝の坐禅と同じ手順で、45分坐ります。坐禅することは、朝起きて顔をあらい歯を磨くのと同じ習慣です。そして、ああ今日が終わったと寝床にはいります。


読んでいただきありがとうございます。


                 
関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

最近の記事

リンク

カテゴリ

最近のコメント

フリーエリア

恁麼(いんも)の巻に入りました。 恁麼とは、宋の時代の俗語で「あの」とか「あれ」という意味を表わす指示代名詞であり、用例によっては「なに」というような」疑問の意味を表わす場合もある。言葉で具体的に表現することの困難な何物かを指すところから、仏教が追い求めるところの心理を言い難き何物かという意味で、この恁麼という言葉で表現した。 コメントお待ちしています。

FC2カウンタ-