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坐禅との出会い

私は58歳、夫と小さな店をやっています。毎日朝晩坐禅をする事が習慣になっています。 
  
どうして毎日坐禅をするようになったかと言うと、今から十年前に市立図書館で西嶋和夫先生の「正法眼蔵提唱録]という本に出合ったからです。それまで読んだ仏教の本と違い「やっと釈尊の教えにたどり着いた」と言う喜びでいっぱいになりました。三年半ぐらい毎日坐禅をしながら提唱録を読み終えました。そこで先生にお手紙をだしました。それからは時々先生を訪ねて、わからない事を質問しています。これからも、坐禅と正法眼蔵を頼りに毎日を暮らしていきます。 


読んでいただきありがとうございます。


               
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281:管理人のみ閲覧できます by on 2013/06/06 at 08:54:54

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283:Re: m-t.1004.1427@ezweb.ne.jp by UFO on 2013/06/07 at 22:13:49

るのさんコメントありがとうございます。
「正法眼蔵提唱禄」は西嶋先生が自著である「現代語訳正法眼蔵」を溝本とされて、坐禅と正法眼蔵参究の会で
講義(提唱)をされた速記録を編纂したものです。
下記にてお求めになれます。
私は電話で注文して全巻そろえました。

正法眼蔵提唱禄  著者―西嶋和夫  
         発行所-仏教社  
         発行―金沢文庫 東京都新宿区市ケ谷木村町1番1号
                 電話03(3235)7060


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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