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2015年12月のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 礼拝得髄 16

    道元禅師の説示は続きます。また現在でも愚かな人々は、女性をみる場合に、女性を淫欲を貪るための対象であると言う考え方をする、しかもこの考え方を改めずに女性をみる。釈尊の弟子たるものは、この様な事があってはならない。もし、女性が淫欲の対象だからと言って嫌う様な事があれば、それと同じ様な理由から全ての男性も嫌わなければならない。汚れの原因、直接間接の原因となるという点からすれば、女性も男性も汚れの対象に...

  • 正法眼蔵 礼拝得髄 15

    道元禅師の説示は続きます。髪の毛を剃り落として僧侶の姿になっていながら、釈尊の説かれた正しい宇宙の秩序を破る人々は、ただ社会生活を送っていくためにこの様な行動をする。まして無上菩提(最高の真理)のために、どうしてすでに仏道の真実を得た女性を尊敬しないことがあろうか。これは釈尊の説かれた宇宙秩序を尊重する志が浅く、宇宙秩序を求める志が全身に行き渡っていないためである。仮に財宝を強く欲しがる場合には、...

  • 正法眼蔵 礼拝得髄 14

    道元禅師の説示は続きます。日本、中国において昔から、帝王の位についた女性があり、その国土は全てこの女性である帝王の所領となり、人はすべてその女性の家臣となる場合がある。これはその女性である帝王が尊いのではなくて帝王の位を尊ぶところから、この様な結果が出てくるのである。尼僧の場合においても、それを人間として敬うことは昔からなく、尼僧が釈尊の説かれた宇宙秩序をつかんでいる事を人々は尊敬するのである。声...

  • 正法眼蔵 礼拝得髄 13

    道元禅師の説示は続きます。中国において居士とは、仏教に帰依しているが出家をしていない男子の事である。その居士と言われる人々の中には、家庭を持って夫婦で暮らしている人もある。また、一人で独身生活をしている人もある。いずれにしても、出家をしていないので俗世間の煩わしさが沢山あって大変な事であろう。しかしながらこの様な在家の人(居士)であっても、仏教に関連して真実をはっきりつかんだ人に説法を聞こうと願う事...

  • 正法眼蔵 礼拝得髄 12

    女性の僧侶について、道元禅師の説示は続きます。たとえば正法眼蔵(釈尊の説かれた正しい宇宙秩序の一番肝心かなめのところ)を伝承し保持している尼僧は、声聞、縁覚、菩薩の境涯の人が尼僧のところに来て礼拝し、宇宙秩序を訪ねた場合に、尼僧はその礼拝を当然受けるべきである。男性がどうして特別に尊いということがあろう。空間は空間であって、それ以外の何物でもない。物質は物質であって、それ以外の何物でもない。存在は...

  • 正法眼蔵 礼拝得髄 11

    女性の僧侶に関連して、道元禅師の説示は続きます。男子の僧侶で年を取っていたり、経歴が長かったりする人であっても、釈尊の説かれた宇宙の秩序と言うものをしっかり身につけていないならば、何の役にたとうか。寺院の主人というものは、必ず見方がはっきりとして、正しいものをつかんでいるかどうかと言う事を基準にして選ぶべきである。しかしながら、俗世間の人間と同じ様な体や心の状態に溺れている様な僧侶は、ものの考え方...

  • 正法眼蔵 礼拝得髄 10

    妙信尼について道元禅師の説示は続きます。雑用係の人に「廨院主の妙信尼さんが、お前さんたちの話はなってないということを言っていたよ」と告げられ、十七人の僧侶は、自分たちがまだ論議が不十分であるということを恥ずかしく思って、威儀を正して、袈裟をかけ、香を焚いて、五体投地の礼をして「どうか教えてください」と言ってお願いした。そこで廨院主の妙信尼が「お前さんたち、もっと近くへいらっしゃい」と言った。そして...

  • 正法眼蔵 礼拝得髄 9

    道元禅師が、また女性の僧侶の例を挙げます。妙信尼は仰山慧寂禅師の弟子である。仰山禅師がある時、寺院の庶務を司る廨院主がたまたまいなくなったので、それを選任しようとする時に、かつて寺院の重要な職をやった人たちに質問した。「だれが廨院主として適任か」と。そこで聞かれた僧侶の間では色々と問答の行き来はあったが、ついに仰山禅師が言われた。「妙信尼は女性ではあるが、自主性を堅持した人物の心意気がある。まさに...

  • 正法眼蔵 礼拝得髄 8

    灌渓志閑禅師は末山尼の寺で三年を過ごし、後に大きな寺院の住職となった時、衆僧に示して言う。「自分は父とも仰ぐ臨済禅師のところで、柄杓の半分を得ることが出来た。また母とも慕う末山尼のところで、柄杓の半分を得ることが出来た。この両方の柄杓半分ずつを一つにして、一つの柄杓で水を飲んだが、そのまま満足し切って何の不満もない。自分は仏道の理解において欠ける事がなく今日に至っている。」この志閑禅師の言葉を聞い...

  • 正法眼蔵 礼拝得髄 7

    中国の灌渓志閑禅師は臨済禅師の門下において長年の優れた修行を重ねた人である。ある時、臨済禅師は志閑禅師が尋ねて来たので、その臨済の寺に留まるように志閑禅師の身体をつかまえて止めた。志閑禅師は「わかりました、わかりました」と。臨済禅師は「おまえさんが、しばらくこの寺にいる事を許す」と言葉を述べた。この事があってから、志閑禅師は臨斉禅師の弟子になった。その後、灌渓志閑禅師は臨済禅師の寺院を去って、末山...

  • 正法眼蔵 礼拝得髄 6

    かつて唐の時代の趙州真際大師は、本当のことを知りたいという気持ちを起こして、諸国歴訪の旅に出発する際に言った。たとえ七歳の子供であっても、その子供が仏道に関して自分よりも優れているならば、自分はその子供に頭を下げてその教えを受けよう。また、たとえ百歳の老人であろうとも、その老人が仏道に関して自分より劣っているならば、自分はその百歳の老人を教えよう。道元禅師の注釈です。七歳の子供に対して教えを問う際...

  • 正法眼蔵 礼拝得髄 5

    道元禅師の主張は続きます。釈尊の説かれた真実の教えと言うものを聞いたことのない愚かな人々が考えるには、「自分は偉大な僧侶である。自分より年の若い人が釈尊の教えの真実を得たとしても、自分は年少者の教えを聞くわけにはいかない」とか、「自分は長年に亘って仏道修行をしてきた。たとえ真実を得た人であっても、年配になってから仏道を勉強した人に対して礼拝するわけにはいかない」ということをいう。また、「自分は禅師...

  • 正法眼蔵 礼拝得髄 4

    道元禅師の主張は続きます。釈尊が言われた。「最高の真実と言うものを説法することのできる師匠に出会ったならば、氏素性を問題にしてはならない。容姿を問題にする必要もない。非行があっても嫌ってはならない。行動が適切かどうかをあげつらってはならない。ただただ仏道に関する正しい智慧を尊重するというだけの理由で、日々に貴重な食事、花を捧げて供養し、毎日三度礼拝し恭敬して、少しでも嫌気を起こすようなことがあって...

  • 正法眼蔵 礼拝得髄 3

    道元禅師の主張は続きます。真心と言うものは、自分以外からやって来るものでもなければ、自分の内部から湧き出てくるものでもない。真心とは、何とかして仏道を知りたいという気持ちを激しく持ち、自分自身はどうなっても構わないと言う気持ち持つことである。それは俗世の様々の権力欲、金銭欲と言うものを超越して、真実とは何かということを目標にして生きることである。ほんの僅かでも自分自身を大事にして、法(宇宙秩序)より...

  • 正法眼蔵 礼拝得髄 2

    道元禅師の主張は続きます。すでに指導者となるべき師匠と出会って以降は、様々の煩わしい環境と言うものを一時棚上げして、少しのの時間も無駄に過ごすことなく、一所懸命に努力して坐禅すべきである。意識的にも修行し、無意識のうちにも修行し、半意識的にも修行すべきである。つまり、髪についた火を払いのけなければという緊急の事態を迎えたと同じような気持ちで修行をしなければならないし、かつて釈尊が踵を上げて爪先立っ...

  • 正法眼蔵 礼拝得髄 1

    「礼拝得髄」の巻、本文に入る前に西嶋先生の話です。「礼拝得髄」というのは、得髄を礼拝するということ。得髄というのは、真髄を得たということ。真髄を得た人の事を得髄と言う。得髄を礼拝するというのは、真実を得た人であるならば、それが赤ん坊であろうと、女性であろうと、動物であろうと、とにかく真実を得たものならば何でも礼拝するということを述べられた。だから人間の偉さと言うものも、単に人間だから偉いのではない...

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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