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カテゴリ:「正法眼蔵」のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 行持(下) 42

    芙蓉山の道楷禅師は、まさしく清い行いと戒律の保持とが実現した事例の本源である。道楷禅師は国王から定照禅師と言う称号と紫の衣服を賜ったが、これをお受けにならず書面をしたためて丁寧にご辞退された。国王からは咎めの措置があったけれども、道楷禅師は最後までそれを受けようとされなかった。道楷禅師の教団では、重湯をすすりながら仏道修行をしたと言う生活の様子が伝えられている。道楷禅師は芙蓉山に粗末な庵を造って仏...

  • 正法眼蔵 行持(下) 41

    潙山霊祐禅師の話に関連して道元禅師の注釈は続きます。この様な形で潙山霊祐禅師が山の中で一人清い行いをし戒律の保持をされたところから生まれた言葉を、我々は見たり聞いたりして今日に至っている。このような潙山霊祐禅師の生活というものは、体を安易な状態において聞いてはならないところであるけれども、清い行いや戒律の保持という努力が潙山霊祐禅師の恩に報いる方法だと分っていない場合には、...

  • 正法眼蔵 行持(下) 40

    潙山霊祐禅師の話に関連して道元禅師が注釈されます。潙山霊祐禅師が山の中で一人静かに仏道修行をされたかつての様子というものを、静かに想像してみる必要がある。想像してみると言う事は、現に自分自身が潙山に住んでいるような気持ちになってみる事である。深夜に聞こえてくる雨の音にしても、苔に穴をあけるだけではなく、岩や石にさえ穴をあける様な力を持っているに違いない。冬の雪の降る夜などは鳥や獣...

  • 正法眼蔵 行持(下) 39

    潙山霊祐禅師は、百丈懐海禅師から授記(将来仏になるであろうと言う証明)を与えられてからただちに人里離れた剣しい潙山に行き、鳥や獣の仲間入りをして粗末な庵をつくってその庵の中で坐禅の修行をされた。風雪を伴う厳しい生活であったけれども、それを厭う事なく栗の実を食料とした。立派な寺院もなく、それに伴う諸道具もなかった。しかしながら仏教徒として清い行いをし戒律を保持をすることは40年の久しきに及ん...

  • 正法眼蔵 行持(下) 38

    長慶の慧陵禅師は雪峰義存禅師の教団における長年の仏道修行者であった。雪峰義存禅師と玄沙師備禅師との間を往復して仏道修行する事が29年に及んだ。その間に坐禅用の坐蒲を坐禅によって20枚破った。今日でも坐禅を愛好する人々は、この長慶慧陵禅師の例を挙げて過去における先輩方の優れた例としている。その様に長慶慧陵禅師を慕う人は多いけれども同じ様な状態に達する人は少ない。長慶慧陵禅師この様な修行をされたところから...

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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