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カテゴリ:「正法眼蔵」のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 諸法実相 11

    (法華経方便品においての)釈尊の言葉について道元禅師の注釈は続きます。真実を得ると言う事は、目の前の事態がありのままに見えるようになる事である。眼の前の事態がありのままに見える様になった人と、眼の前の事態がありのままに見える様になった人との間で、釈尊の説かれた教えが伝えられて行くのである。この事態というものは、別の言葉で説明するならば、我々の住んでいる宇宙そのものが宇宙自体に対して、お前方は真実であ...

  • 正法眼蔵 諸法実相 10

    (法華経方便品においての)釈尊の言葉について道元禅師の注釈は続きます。この様なところから考えてくると、実相(真実の姿)と諸法(諸々の実在)とがお互いに出会うという事は、実相と諸法とが一つになる事である。つまり諸法実相(眼の前に展開されている諸々の実在がまさに真実の姿を示している事態)とはどういうものかと言うならば、春とは花が咲けばこそ春である。花が咲くという状態を抜きにして春というものが架空にあるわけでは...

  • 正法眼蔵 諸法実相 9

    (法華経方便品においての)釈尊の言葉について道元禅師の注釈は続きます。この世の中にある一切のものが真実であるという基礎理論が存在するところから、あらゆる方角に広がっている世界そのものが真実と一つのものであるから、その中に生きている一切の人々、一切の生き物は皆真実である。あの人は仏ではない、あの人は仏と言っても半人前と言う捉え方はない。 体が現にある状態とは、人間だけでなしに、この世の中にある動物もそ...

  • 正法眼蔵 諸法実相 8

    (法華経方便品においての)釈尊の言葉について道元禅師の注釈は続きます。百とか千とかと言う数量を基準とすべきではなく、我々の眼の前に展開されている実体の姿の数量を基準にして宇宙の数量とはどういうものかと言う事を捉えていくべきである。この様な観点からするならば、真実を得られた方々がまさにこの宇宙というものが真実の姿を示し ていると言う事を究め尽くす事ができるのであり、真実の本質を具えているものだというこ...

  • 正法眼蔵 諸法実相 7

    (法華経方便品においての)釈尊の言葉について道元禅師の注釈は続きます。この様に絶対の立場からいま眼の前に現れている結果というものを考えていくならば、このような絶対の結果と言うものは、姿・本質・物質的な実体・エネルギ-を超越した絶対の存在であるから、この宇宙の中に存在する姿・本質・物質的な実体・エネルギ-等々は、いずれもありのままの姿以外のものではない。この様な姿・本質・物質的な実体・エネルギ-等を直...

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問ありがとうございます。
夫と二人暮らし。69歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」幽村芳春 平成20年「嗣書」授かる。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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