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カテゴリ:「正法眼蔵」のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 行持(上) 33

    五祖山の法演禅師があるとき人々に説示して言われた。  およそ人間の行動というものは、その人の思想の範囲を出るものではなく、人間の思想というものは、その人の行動の範囲を出るものではない。※西嶋先生解説この言葉は思想というものと行いというものとの関係を述べているわけであります。思想というのは頭の中で考えたこと。人間は、頭で考えた事と自分のやる事はだいたい一致するもんだという錯覚に陥りがちであります。し...

  • 正法眼蔵 行持(上) 32

    五祖山の法演禅師の話は続きます。そして翌日、楊岐方会禅師は法堂における正式の説法を行って沢山の人々に説いて言われた。「自分が初めて楊岐山に住むようになった時は、家も壁も隙間だらけで、坐禅堂の床がすっかり雪で埋まってしまい、首を縮めて心密かにため息をつく状態であった。しかし思い返してみるならば、仏道修行の先輩方はいずれも木の下に住まい修行を続けたと語り伝えられている。壊れたとはいえ、家の中に住めると...

  • 正法眼蔵 行持(上) 31

    五祖山の法演禅師が言われた。わが師匠の師匠にあたる楊岐方会禅師が住職として初めて楊岐山に住まわれた時、年経た建物の垂木までが傷んでいて雨や風による被害は甚だしかった。ちょうどその時は冬の寒い時期であったが、建物はどこも大変傷んでいた。その中でも坐禅堂は特に破損しており雪や霰が床いっぱいになっていて、坐る場所を見つけるのも難しいほどであった。眉が伸びた高齢の僧侶も床に吹き込んだ雪を掃き出さなければな...

  • 正法眼蔵 行持(上) 30

    天龍禅師は法常禅師の弟子であり、倶胝和尚は孫弟子である。また朝鮮半島から中国に仏道を勉強に行った迦智禅師は、やはり法常禅師のもとで仏道の勉強をして教えを伝承保持して故郷に帰り、朝鮮における第一祖となった。現在、朝鮮半島で仏道を教えている沢山の師匠方はいずれも法常禅師の遠い孫弟子である。法常禅師が生きていた時代には、一匹の虎にも譬える事のできる秀れた弟子と、一匹の象にも譬える事のできる秀れた弟子とが...

  • 正法眼蔵 行持(上) 29

    あるとき馬祖道一禅師が、弟子の僧を法常禅師のところにつかわして質問させた。僧問う和尚(法常禅師)がかつて馬祖道一禅師の教団におられたときに一体どの様な基礎理論を得られて、それからこの山に住むようになったのですか。法常禅師言う馬祖道一禅師が自分に向かって即心是仏(現在のありのままの心というものがすなわち仏である)と言われた。その言葉を聞いてからすぐさまこの山に住むようになった。僧言う最近では馬祖道一禅師...

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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