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カテゴリ:54・無情説法のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 無情説法 26

    投子大同禅師にある時僧侶が質問した。「無情説法と言う言葉がありますが、その言葉の意味はどういう意味でしょうか」。それに対して投子禅師は「悪い言葉を口にしないことだ」と言われた。ここで投子禅師が言われている言葉は、永遠の意味を持った真実を得られた方の言葉であり、まさに釈尊の教えに関する基準である。また仏教界における諸先輩の方々の述べられた教えでもある。心理作用に煩わされないものの説法と言う意味の「無...

  • 正法眼蔵 無情説法 25

    私(道元禅師)の亡き師匠天童如浄禅師が「ひょうたんの蔓とひょうたんの蔓とが絡み合っておる」と言われた。 この言葉は雲厳禅師が述べられた無情説法に対する正しい見方というものが伝わって、その真底の意味が天童禅師に伝わって、釈尊の教えを説くという事が行われ、無情説法が何であるかという事が示された言葉である。釈尊の説かれた教えを説くと言う事は、心理作用に煩わされない極めて自然な状態のものであると言う基本原則...

  • 正法眼蔵 無情説法 24

    洞山良价禅師と雲厳曇晟禅師の問答について道元禅師の注釈は続きます。眼というものと宇宙全体とが一つのものだという事を仮に学んだとしても、眼というものを体で究めるという事には到達していない。足を組み、手を組み、背骨を伸ばして、無常説法(自然が行うところの釈尊の説かれた教え)を聞くという形で眼というものを勉強するという事を大急ぎでやらなければならない。今ここで洞山禅師が言っている言葉の意味は、耳で聞こうと...

  • 正法眼蔵 無情説法 23

    洞山良价禅師と雲厳曇晟禅師の問答について道元禅師の注釈は続きます。眼で声を聞くという言葉があるからといって、眼が耳を持ち眼が耳と同じような作用をすると理解すべきではない。眼と耳とが全く同じもので一つのものと理解することも誤りである。眼の中で声が生まれてるのだと理解すべきものでもない。長沙禅師は「この全宇宙というものが自分の一つの眼だ」と言われたけれども、その様な宇宙と同じ大きさの眼で声を聞くならば...

  • 正法眼蔵 無情説法 22

    洞山良价禅師と雲厳曇晟禅師の問答について道元禅師の注釈は続きます。洞山禅師が「眼で声を聞くならば、その意味が分かるであろう」と言われた。この言葉を個々の人々が考えるには、いま現に人間の眼で見ている草木や花や鳥の様子を、眼で音を聞く事の意味であろうと考えている。この様な見方は全く誤っている。釈尊の説かれた教えとは別のものである。つまり草木や花や鳥の様子というものが自然の説法であると理解してはならない...

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問ありがとうございます。
夫と二人暮らし。自営業。69歳。毎日朝晩自宅で坐禅をし、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

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