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カテゴリ:50・仏道のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 仏道 40

    「宗派の呼び名を立てるべきではない」という道元禅師の主張は続きます。わざわざ釈尊が生きていた時代の教化のやり方に違背して、宗派の呼び名を別に立てると言う事は釈尊の弟子のやる事ではないし、達磨大師の系統に属する仏弟子のやる事でもない。この様な行為に及ぶ事は、仏道において非常に重い罪とされている五逆罪を犯すよりもさらに思い罪であると言わざるを得ない。 せっかく仏道修行をしていながら、釈尊の説かれた最高...

  • 正法眼蔵 仏道 39

    「宗派の呼び名を立てるべきではない」という道元禅師の主張は続きます。今日の人々が釈尊の持っていた真実を説く様々な手段よりも優れたものを持っていないとするならば、釈尊の説かれた手段以外のものを使って説こうとする事は何の意味もないであろう。釈尊ご自身や釈尊以後の代々の祖師方が昔からの真実に背いて、自分の宗派を自ら立てると言う事はされていない。自分自身の宗派の呼び名を立てて、仏道に自分の名前をつけて呼ぶ...

  • 正法眼蔵 仏道 38

    「宗派の呼び名を立てるべきではない」という道元禅師の主張は続きます。中国における太公望と呼ばれる優れた人物が文王に「 国家というものは皇帝一人のためだけの国家ではなく、国家とは国家そのもののためにある」と言っている。この様な言葉から推察すると、太公望にしても文王にしても俗世間に生きている人であるけれども、このような智慧があり、このような言葉を述べたと伝えられている。 釈尊の説かれた教えを学び仏道修行...

  • 正法眼蔵 仏道 37

    「宗派の呼び名を立てるべきではない」という道元禅師の主張は続きます。「人天ノ眼目」の著者である智聡は、仏道の真実を把握した人とはどういう人であるかという事が分からず、その様な仏道の真実を知った人に会わない人々の、ただも字により言葉として残されたものを拾い集めて、本当の意味で真実を得た人の言葉というものを拾い集めるという事をしない。その様なところから判断するならば、智聡は仏道の真実を知った人がどうい...

  • 正法眼蔵 仏道 36

    「宗派の呼び名を立てるべきではない」という道元禅師の主張は続きます。釈尊や達磨大師の時代からずっと後の時代に、智聡と呼ばれる子供のような境地の人がいて、仏教界における代々の祖師方の一つ、二つの僅かな言葉を拾い集めて、五つの宗派と言うものを主張し、そのことを書いた本を「人天ノ眼目」と名づけた。しかしながら「人天ノ眼目」と言う本が、仏教の立場から見た場合にほとんど意味がないと 言う事を人々は理解する事...

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問ありがとうございます。
夫と二人暮らし。69歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」幽村芳春 平成20年「嗣書」授かる。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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