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カテゴリ:3・現成公案のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 現成公案 10

    道元禅師の説示は続きます。ある時、麻谷山の宝徹禅師が扇を使っていた。そこへ僧侶がやってきて質問した。僧問う空気は、どこにでも存在し、空気の存在しない場所はないというのが空気の性質とされています。和尚はわざわざ扇を使わなくても、空気はどこにでもあるのですから、その空気に当たれば涼しいはずなのに、扇を使うことは理屈に合わないと思います。どのような理由から扇を使われるのですか。宝徹禅師言うお前はただ、空...

  • 正法眼蔵 現成公案 9

    道元禅師の説示は続きます。この行動の世界、この行動の場所というものは、抽象的に、それは偉大だとか、それはちっぽけだとか、言葉で表現できる様な世界ではなくて、もっと現実的な、もっと直接の場面である。自分自身だとか、自分以外なものだとか、主観だとか、客観だとかと言う風な論議だけで、割り切れたというふうに思っているわけにはいかない。この世界あるいは我々自身と言うものが、過去から恒常的に存在しているという...

  • 正法眼蔵 現成公案 8

    道元禅師の説示は続きます。魚が水の中を泳いでいく場合に、その水に限界があるわけではない。鳥の飛ぶ空間もほとんど無限といってもいいほど広い。鳥が飛ぶ場合にも、空という場所を離れて鳥の存在というものはない。鳥が空を飛んだ場合に、鳥が広範囲に飛べば、それだけ空が広い事が確認できる。魚が長い距離を泳ぐならば、水がそれだけ広範囲であると言うことが実際に確認できる。行動範囲が広ければ世界も広くなり、行動範囲が...

  • 正法眼蔵 現成公案 7

    道元禅師の説示は続きます。自分の体、自分の心に宇宙の秩序というものがまだ十分に行き亘っていないうちは、すでに宇宙の秩序が自分の体、自分の心に行き亘った様に感じられる。人間が完全に出来上がってもう十分という状態になると、なんとなく何かが欠けているような感じがするものである。たとえば船に乗って、山や陸地が全く見えない海の真っただ中に出て四方を眺めてみると、ただ海が丸く見えるだけでその他には何も見えない...

  • 正法眼蔵 現成公案 6

    ※西嶋先生の解説から始めます。この「現成公案」の巻の「現成」とは、現に目の前にあるという事。「公案」とは、法という事で我々が住んでいる宇宙。現に目の前にある宇宙というものがどういうものかという事を道元禅師がお書きになった書物です。ここではよく仏道で「悟り、悟り」と言われているけれども、その悟りとは一体どういうものかということを説明しておられます。本文に入ります。人が悟りの状態に入ったと言う事は、水...

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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