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カテゴリ:35・阿羅漢のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 阿羅漢 15

    百丈山の大智禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。基本的なものをしっかり把握し末端の事も粗末にしないという状態であるならば、自然に一切のものを超越する事が出来るであろう。一切のものを超越するという事は、現実の世界の中にしっかり入り込むという事であり、この世の中がありのままに見えるという事である。仏教思想に到達したという事は、通り抜ける事の出来ない途轍もなく強固な関門に行き当たったという事でも...

  • 正法眼蔵 阿羅漢 14

    百丈山の大智禅師が言われた。  眼、耳、鼻、舌、皮膚、神経中枢と言う感覚器官というものが、様々な外界のものに引かれてそれに煩わされる事がなくなった状態というものを、これを四句偈(4つの言葉)を我が身に受け取り、それを保持している状態と名づけ、仏道修行の最終の成果である阿羅漢の状態と言う。     ※西嶋先生解説四句偈(4つの言葉)というのは、諸行無常・是生滅法・生滅滅已・寂滅為楽と言うふうな四つの行から...

  • 正法眼蔵 阿羅漢 13

    圜悟克勤禅師の言葉について道元禅師が注釈されます。この様に考えてくると、現在眼の前に存在するところの本来の様子をした僧侶というものは、俗世間を離れた真の阿羅漢と言う事ができる。阿羅漢というものの本質、あるいは外見というものが一体どういうものであろうかということを知りたいと思うならば、この圜悟克勤禅師の言葉で知る事が必要である。インドにおける議論を中心にした師匠たちが述べた言葉というものをむやみに頭...

  • 正法眼蔵 阿羅漢 12

    夾山の圜悟克勤禅師が言われた。過去の仏教界の諸先輩方は釈尊の説かれた教えの真実を得た後、山奥の粗末な家に住み脚の折れた粗末な道具を使って食事を作り仏道修行を続けた。その様な生活が10年、20年と続きすっかり人間の普通の社会生活を忘れてしまって、長いこと塵にまみれた環境からはご無沙汰してしまっている。今日の時代では必ずしもその様な状態は望まない。しかし人から知られたいという気持ちをなくしてひっそりと自分...

  • 正法眼蔵 阿羅漢 11

    法華経の方便品において釈尊が言われた。 仏道修行をしているたくさんの僧侶や尼僧が自分自身はすでに阿羅漢の境地に達したと考え、わが身こそ完成された究極の肉体であり、これこそ最終の至福の境涯であると考えて、その結果、最高にして均衡のとれた正しい教えを求める必要はないと考えるならば、これらの人々はまさに自分をあまりにも過信し過ぎた人々である。なぜかというと、もし僧侶が実際に阿羅漢の境地を得た場合には、こ...

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問ありがとうございます。
夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」幽村芳春 平成20年「嗣書」授かる。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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