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カテゴリ:34・観音のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 観音 27

    「観音」の巻について道元禅師のあとがきは続きます。雲門禅師は、眼で見えるものを見る事によって釈尊の心境とはどう言うものかという事を知る事ができるし、外界の様々の音を聞く事によって真実とは何かと言う事がわかる、という形での観世音菩薩に関する説明がある。この様な説明からもわかる様に、我々が生きるこの世の中で、耳に聞こえて来る音や眼に見える姿や形というものが、我々が見たり聞いたりする観世音菩薩そのものの...

  • 正法眼蔵 観音 26

    「観音」の巻について道元禅師のあとがきです。現に釈尊の説かれた教えがインドの国から次第に伝わってわが国にまで伝わって来ているけれども、その長い期間の間には、真実を得られた沢山の方々が観世音菩薩について色々と説明されている。それらの沢山の説明は、雲巖禅師と道吾禅師との間で行われた問答には及ばないので、今ここではこの雲巖禅師と道吾禅師が取り上げられた説明の仕方だけを基準にして観世音菩薩の説明をした。た...

  • 正法眼蔵 観音 25

    雲巖曇晟禅師と道吾円智禅師の問答について道元禅師の注釈は続きます。仏教の創始者である釈尊が説かれた教えが経典に表現されてたくさん残っているけれども、それらの経典の中では観世音菩薩について1000の手、1000の眼と言う表現もあるし、12の顔をもった観世音菩薩と言う表現もあるし、33種類の体に自分の姿を変えてこの世の人々救って下さると言う表現もあるし、84000と言う無数の数の姿で我々を救って下さると言う表現もある...

  • 正法眼蔵 観音 24

    雲巖曇晟禅師と道吾円智禅師の問答について道元禅師の注釈は続きます。二人の問答の中で、観世音菩薩はたくさんの手や眼を使って何をされようとしているのか、と言う言葉が出てきたけれども、さらに我々自身の日常生活に関連して言うならば、せっかく人間に生まれて、人間としての体を持ち、人間としての心を持ち、極めて優れた働きができる可能性を持っているのであるから、その様な体をもとにして、その様な心をもとにして一体何...

  • 正法眼蔵 観音 23

    雲巖曇晟禅師と道吾円智禅師の問答について道元禅師の注釈は続きます。雲巖禅師の言葉に対して道吾禅師は自分の表現を述べるならば、「体全般に行き渡って手があり眼がある、それが観世音菩薩の実態である」と言われた。※西嶋先生解説そのことは我々自身の体全体に観世音菩薩の手や観世音菩薩の眼と同じような働きがあるという主張でもあるわけであります。なぜかというと、我々の体というものは、ある立場から見るならば生命の塊...

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問ありがとうございます。
夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」幽村芳春 平成20年「嗣書」    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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