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カテゴリ:30・行持(上)のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 行持(下) 1

    中国における第1代目の仏教教団の指導者である達磨大師がインドから中国に渡られたことは、師匠である般若多羅尊者のご指示によるものである。達磨大師は東南アジアの海を経て三年を要し中国に渡られた。その航海における年月は自然の脅威が耐え難いばかりでなく、まだ航海の方法も発展しておらずいつ船が沈むかもしれないと言う不安定な状態であるから、その長い行程における危険というものは大変なものであったであろう。まして...

  • 正法眼蔵 行持(上) 59

    雪峰義存禅師の説話について道元禅師の注釈は続きます。仏道を学びたいと心がけても、よい師匠を得られないと言う悲しみを味わう場合もある。この様な事情と言うものは、自分(道元)が宋の国にあった時にも、この眼で見、耳で聞いたところである。非常に優れた徳の高い僧侶は例外なしに、弟子がどの様な人柄であるかを見抜くだけの力量を持っているけれども、現実の仏道修行の場面に立ってみると、どの様な時にもその師匠に付き従っ...

  • 正法眼蔵 行持(上) 58

    雪峰義存禅師の説話について道元禅師が注釈されます。雪峰義存禅師が様々な地方に行って仏道修行をした様子を静かに考えてみるに、雪峰禅師は長期間にわたって鍛錬されたところの優れた骨格や体力を持っていたと考えることができる。今日、仏道修行をする場合の事を考えて見るに、釈尊の説かれた教えをしっかりと把握しておられる師匠の教団に行き、真実が何かという事を教えていただきたいという事で師匠に問う場合に、その機会を...

  • 正法眼蔵 行持(上) 57

    雪峰山の義存禅師は真実を知りたいと言う気持ちを起こしてから修行の旅に出て、寺院や旅の途中において様々の布施を受け食事を頂いた過程というものは、極めて長い距離であり長い時間を費やしたところであるけれども、その間、場所を選ばずに昼となく夜となく坐禅をして決して怠る事がなかった。雪峰義存禅師は「この我々の住んでいる宇宙は一切の事物を露呈して何ものも隠すところがない、そっくりそのまま宇宙が我々の目の前に現...

  • 正法眼蔵 行持(上) 56

    唐の宣宗皇帝についての説話は続きます。ある時、黄檗禅師が仏殿で仏像に向かって礼拝をしていた時に、後の宣宗皇帝がその場で質問して言う。仏道の教えでは、釈尊(仏)に執着して何か求めるという事はない、釈尊の教え(法)に執着して何かを求めるという事もない、仏教教団(僧)に執着して何かを求めるという事もない。三つの宝はいずれも尊いものではあるけれども、それに執着して何かを求めてはならないと言う教えが伝えられていま...

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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