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カテゴリ:26・大悟のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 大悟 12

    華厳休静禅師と僧との問答について道元禅師の注釈は続きます。ここで説いている説話はそのような意味ではない。「悟った境地の人がさらに迷った時の様子は、どんなものでありましょうか」と質問しているのであるから「まさに迷っている瞬間は、一体どういうものでしょうか、そして、一度悟った人がまた迷いの中に入り込んでしまった状態は一体どういうものでしょうか」と言う質問をしているのである。この様な時点においてどの様な...

  • 正法眼蔵 大悟 11

    華厳休静禅師と僧との問答について道元禅師の注釈は続きます。「仏道修行をして悟りというものをしっかりと把んだ境地の人が、迷ってしまった場合にはどうなりますか」という僧侶の質問に対して、休静禅師が答えて言われるには「割れた鏡が姿を映すという事はないし、木から落ちた花がもう一度木に戻る事はない」と言われた。この休静禅師の教えというものは、鏡が割れたその瞬間のことを言っておられるのである。まだ鏡が割れても...

  • 正法眼蔵 大悟 10

    華厳休静禅師と僧との問答について道元禅師の注釈は続きます。悟る(真実を得る)という事はどう言う事かと言うと、悪い事は悪いとはっきりわかる事である。迷うと言う事をまた別の言葉でいうならば、自分自身の実態と言うものをありのままに認めると言う事でもある。あり余った所で、さらにほんの僅かなものを付け加えると言う事が、悟ると言う事の状況であろうし、物が足りなくなって、ほんの僅かでも欲しいと言う状況のところで、...

  • 正法眼蔵 大悟 9

    華厳休静禅師と僧との問答について道元禅師の注釈は続きます。そこでとりあえず考えて見る必要がある。悟った人(真実と一体になった境地の人)が逆に迷った状況と言うものは、悟っていない人(真実と一体になっていない境地の人)と全く同じなのであろうか。悟った人が逆に迷う場合には、悟りと言うものを素材として迷う人をつくりだすのであろうか。自分以外の何処か別のところから迷いと言うものを持ってきて悟りを隠して逆に迷うの...

  • 正法眼蔵 大悟 8

    華厳休静禅師と僧との問答について道元禅師の注釈は続きます。迷っていないという状態が悟る(真実を得た)ことではない。そうかといって、迷っていないことが悟りではないという事であるならば、大いに真実を得るために、その材料を作るために、悟る準備として迷おうとそういうバカげたことでもない。真実を得た人がさらに真実を得るという事もあるし、迷っている人が真実を得ると言う場合もある。真実を得た人がいると同時に、真実...

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事していた愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅とは姿勢を正してきちんと坐ることである。 姿勢反射が働いて、交感神経と副交感神経とが同じになり、 考え過ぎからくる不満がなくなり、感じ過ぎからくる不安が消える。 実行力が生まれ、やりたいと思う事が直ぐできるようになり、 やりたくないと思う事はやめることが出来るようになる。 自分自身と宇宙とが一体となり最も幸福な人生を送ることが出来る。

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