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カテゴリ:24・仏教のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 仏教 32

    釈尊の言葉について道元禅師の注釈は続きます。したがって一般的に言えることは、三乗(声聞・縁覚・菩薩)という三種類の仏教の修行の仕方に表わされているところの仏教哲学や、十二分教(十二種類の分類で説かれているところの仏教経典)というものは、釈尊の目の玉である、釈尊のものの見方の基本である。三乗十二分教という教えが実は釈尊の見方の基本であるという事がはっきりと分かってこない者は、どうして釈尊の弟子だと言う事...

  • 正法眼蔵 仏教 31

    釈尊の言葉について道元禅師の注釈は続きます。我々が住んでいるこの宇宙と言う経典は、この宇宙が真実を説いている時間と言う意味を持っている。我々の人生は常に行われており、常に生命が燃え続けているのであるから、法を説くまいと意図してもそれは出来るはずのものではない。人生そのものが法を説いている事であり、人生そのものが経典そのものである。この様なところから、釈尊は自分の意思として自分の主張としてこの経典を...

  • 正法眼蔵 仏教 30

    釈尊の言葉について道元禅師の注釈は続きます。釈尊が大乗の教えに入る事が基本だと言われているけれども、その意味は大乗の教えを体験することであり、大乗の教えを実践することであり、大乗の教えを聞くことであり、大乗の教えを説くことである。したがって一切の生きとし生けるものは生まれつき真実と一体であって修行も要らない坐禅も要らないと言う事ではない。大乗の教え、あるいは現実の世界があって、その一部として生きて...

  • 正法眼蔵 仏教 29

    釈尊の言葉について道元禅師の注釈は続きます。この世の中に生きている一切のものを教化して、すべて釈尊の教えの世界に入らせようと努力することも具体的な場面において、釈尊の説かれた十二分教を説く事に他ならない。我々の日常生活そのものが、釈尊の説かれた経典を説くという事と別のことではない。この世の中に生きている一切のものは釈尊が説かれたこの教典に従って生きているという事に他ならない。釈尊が一切の生きとし生...

  • 正法眼蔵 仏教 28

    釈尊が言われた。   自分が説いているこの九種類の経典は、この世の中の生きとし生けるものの役に立つ様にそれぞれの実情に即して説いたものである。日常生活において行動を通して仏道を探求して行く大乗仏教に入り込むことにより幸福になる事が仏道修行の基本であり、経典はそういうねらいから説く。釈尊の言葉について道元禅師が注釈されます。ここでこの釈尊の教えから汲み取らなければならない事は、現在の時間、この場所に...

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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