トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

カテゴリ:15・仏祖のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 仏祖 2

    仏祖の巻、本文に入ります。仏教教団の指導者が現にこの世の中に現れるということは、その人それぞれが自分自身を釈尊と同じ境涯に置いてその人格を大切にするということである。過去、現在、未来の仏(真実を得た人)というだけではなしに、すでに真実を得て仏になった人々もさらに向上を求めて努力してこられたということが言えるであろう。仏祖とは仏の姿を自分自身の体、心にしっかりと保持し、それを礼拝しまたそれにお会いする...

  • 正法眼蔵 仏祖 1

    「仏祖」の巻、本文に入る前に西嶋先生の話です。表題の仏祖と言う言葉の説明ですが、仏と言うのは何かというと、真実を得た人と考えていいわけです。よく神、仏と言うふうな言葉があって、神様に似たようなものが仏さんだと、人間より上のものと言う考え方があるけれども、仏道ではそういう考え方をしない。仏と言うのは、人間が完成された姿。だから人間が人間になったものを仏という。人間が人間以上のものになったのが仏ではな...

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

最近の記事

リンク

カテゴリ

最近のコメント

フリーエリア

行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

FC2カウンタ-