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カテゴリ:6・即心是仏のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 即心是仏 13

    慧忠禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。無限の時間、すなわち永遠において真実を知りたいという気持を起こし、それを実践する人も即心是仏(今日ただいまの心こそ真実である)に他ならない。また現在の一瞬における心の中で、真実を得たいという気持を起こして、それを実践する人も即心是仏に他ならない。また握り拳の半分ぐらいの大きさの狭い世界の中で真実を得たいと言う気持ちを起こし、実践する人もまさに「即心是仏...

  • 正法眼蔵 即心是仏 12

    慧忠禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。椅子(住職の坐る椅子)、払子(住職が儀式のときに使う道具)によって表現されるところの心と言うものは何かと言えば、椅子そのものであり払子そのものである。それが竹で出来ているとか、木で出来ているとか分析的な見方は必要がない。この様に我々の仏道修行は、ただただ現実に触れ、現実そのものを捉えるという事だから、即心是仏(今日ただいまの心こそ真実である)と言う教えは、...

  • 正法眼蔵 即心是仏 11

    慧忠禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。過去における高僧も言われた。素晴らしい汚れのない明晰な心とは何かと言えば、山であり川であり、大地であり、太陽であり、月であり、星である。我々を取り巻いている客観世界そのものが素晴らしい汚れのない明晰な心である。はっきり知る事が出来る。心とは何かと言えば、山であり、川であり、大地であり、太陽であり、月であり、星である。しかしながら、ここで述べられている...

  • 正法眼蔵 即心是仏 10

    慧忠禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。以上に述べた様な探求の仕方、これこそはまさしく即心是仏(今日の心こそ真実である)と言う思想の実態であり、この様な教えを取り上げて、同じくその瞬間における心が、真実そのものと一体になっている人に正しく伝承するのである。この様に師匠から弟子へ、師匠から弟子へと代々真実と言うものが伝えられて今日に到達した。ではその正しく伝承されてきた心とは一体何であるかと言...

  • 正法眼蔵 即心是仏 9

    慧忠禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。仏(真実を得られた方)は、この世の様々の事物を取り上げて日常生活を送り、またそういうものを投げ捨てて、様々の事物に囚われない境地で生きている。そのことは、理想の姿と言うものを問題にする立場ではない。日常生活を個々の具体的な事物に即して、一所懸命やって行き、またそれを超越していくという考え方であって、理想を取り上げてどうこうと言う説き方ではない。この事を...

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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