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カテゴリ:4・一顆明珠のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 一顆明珠 10

    玄沙師備禅師と弟子との問答について道元禅師の注釈は続きます。本来の状態が何であるかがよく解っていると言う事は、初めも終わりも正しい状態である。その場合こそ「輝かしい珠」が、その姿そのものを語っている。そういう状態の眼目とは何かと言えば、この玄沙師備禅師が言われた「輝かしい珠」と言う事に尽きる。しかしながら、自分自身も自分自身を取り巻いている客観的な世界も、一体この玄沙師備禅師の言われた「輝かしい珠...

  • 正法眼蔵 一顆明珠 9

    玄沙師備禅師と弟子との問答について道元禅師の注釈は続きます。我々は日常生活において様々の事を考え、様々の事に疑いを持ち、「あれがいい」とか「これが悪い」とかと言い、自分自身の狭い考え方で駄目だとかいいとかというふうに考えているに過ぎない。そしてまた、たまたまそういう狭い量見で、この宇宙とはどういうものかというふうに考えてみたに過ぎない。我々がどう考え様とこの宇宙は素晴らしい存在であり、我々自身もま...

  • 正法眼蔵 一顆明珠 8

    玄沙師備禅師と弟子との問答について道元禅師の注釈は続きます。我々は仏道の究極を早く得たいと思い「まだ得られない、まだ得られない」と考えているけれども、我々の人生そのものが仏道の究極と一体のものであり、すでに恁麼(言い難き何ものか)が我々に具わっている。このすでに言い難き何ものかが具わっているということは、別の言葉でいえば、この宇宙と言うものが実に素晴らしい珠のような価値のある世界だということがしみ...

  • 正法眼蔵 一顆明珠 7

    「玄沙師備禅師と弟子との問答について道元禅師の注釈は続きます。 この宇宙は客観的な世界だけではなく、この中に日々活動して真実を求め、真実を究めている様々な人間がいて、それらを含んだところの宇宙である。この様な状態においては、素晴らしい珠と言うものが、ある場合には、空間にある、ある場合には人の衣の中にある、ある場合には顎の下にある、ある場合には髪を結んだ中にある。様々の場所に様々の形で、一粒の輝かし...

  • 正法眼蔵 一顆明珠 6

    玄沙師備禅師と弟子との問答について道元禅師の注釈は続きます。 この宇宙とは何かと考えるならば、玄沙師備禅師が言われた様に「全宇宙は一粒の珠である」と言うしか言いようがないところのものである。ここで 玄沙師備禅師は「一粒」とだけ言われて、二粒、三粒と言うふうに個別にこの宇宙を分けて表現せず、宇宙全体がたった一つの正しい宇宙秩序を具えた眼の玉であり、宇宙全体が直ちに真の実在であり、宇宙全体が直ちに一つ...

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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仏向上事の巻に入りました。 仏(真実を得た人)とは、真実を得た後もさらにその事を意識せず日々向上の努力を続けている生きた人間の事である。そしてこのように真実を得た後も日々向上に努力して行く人のことを仏向上人と言い、その様な努力の事態を仏向上ノ事と言う。道元禅師が諸先輩の言葉を引用しながら説かれます。

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