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正法眼蔵 面授 6

経典(大梵天王問仏決疑経)の文章について道元禅師の注釈は続きます。

この様なところから、仏道を勉強する人はいずれも、釈尊ご自身を直接目の前に見るという形で一生の間、昼となく夜となく仏道修行をした。仏道修行をすることによって師匠を見ることが釈尊の顔を拝見することでもあるし、釈尊によって直接見られていることでもあって一生の間、昼となく夜となく仏道修行を積み重ねてきた。この様な仏道修行が一体どの位行われたか<というふうな数量というものは到底想像する事もできない。その様な事実というものを静かに想像し心の底から喜ぶべきである。

師匠を通じて仏道を学ぶと言う事は、釈尊ご自身の仏としての顔を礼拝申し上げる事であり、釈尊の持っておられる眼を自分自身の眼に移し替える事である。釈尊の眼の玉と言ってみても、自分自身の仏としての眼の玉と全く同じ状態になっているのであり、釈尊の顔、様子というものも自分の思っている様子と全く同じものであるという事が言えるのである。この様な形で師匠と弟子との間で一対一の伝承が行われ、現在に至るまでほんの一つの時代もそれが途絶えることなく伝えられて来たという事が、今ここで述べているところの「面授」という事実の意味である。

現に今日に至るまで、数十代の正当な後継者から後継者へと代々釈尊の教えが伝えられてきたけれども、その個々の方々の持っておられる顔がいずれも釈尊の顔と同じものであり、仏道の一番の本流である釈尊ご自身の顔を我々も直接いただいているということができる。このような形で正しい後継者を通じて直接に教えが伝えられるということを礼拝でき、まさしく過去七仏や釈尊を直接礼拝するのと同じ事実を実行することができたということが言えるのである。

釈尊の直接の後継者である迦葉尊者から代々の祖師法を数えて達磨大師に至るまで、二十八代の祖師を礼拝し、またその二十八代の祖師に対して供養申し上げたということになるのである。仏教界において真実を得られた方々の姿やその持っている眼やモノの見方というものは、ここに述べたとおりである。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
先生は企業の中にいた時も、妥協のない生活というか・・・。

先生
そう、それはあったね。と、いうのも妥協なんていうにも人間が頭で作り出すから、妥協したとか、妥協しないとかと言う事があるんであって、現実というものはそういう抽象的な理解で割り切れない世界ですよ。だから目の前にあるものを処理すると言う様な事でしかないと思う。だから、妥協するとか、妥協しないとか、そう言う事も傍から見れば、そういう解釈が出来るだけです。

人間の生き方というものは、もっと直接的なもので妥協があるとか妥協がないとかの理解を乗り越えた世界が現実の誰の生活でもあると思います。だから「妥協しなきゃあ」なんて無理に思うと現実離れしてしまうわけですよ。妥協しなくてはならない場面はないのに「いや、ここで妥協しなきゃ」とか、あるいは「ここで妥協しちゃあいけない」とか、どっちかに偏って考えるわけだけれども、「法」というのは、そういう妥協するとか妥協しないとかいうものよりも、もっと厳密などうにもならない現在の瞬間ですよ。

だから世間的な考え方をすると、妥協するとか妥協しないとか、妥協する方がいいとか妥協しない方がいいとかと言うけれど、これはぜんぶ頭の中で考えた事です。日常生活において何をやっていくかと言う事は、それほどレッテルで色分け出来る性質のモノではないという事。これが実態だと思いますね。そういう考え方が仏道なんです。

新聞なんかでは人気が出ないですよね。こういう考え方は。あの人は「妥協してない」なんていうと、話になるしね。あの人はどうも「妥協ばかりしてる」という、これも話になるわけです。だけど「妥協するも妥協しないもないんだ」なんて言うと、新聞の記事にはならない。


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正法眼蔵 面授 5

経典(大梵天王問仏決疑経)の文章について道元禅師の注釈は続きます。

阿難尊者は摩訶迦葉尊者と顔と顔とを合わせて伝えられた教えを自分自身で保持し、それを弟子である商邦和修尊者に直接顔と顔とを合わせる形で伝えられた。そして商邦和修尊者も師匠である阿難尊者にお仕えした際にも、直接顔と顔とを会わせて教えを受け取った。この様に代々の正統な後継者である祖師方がいずれも、弟子は師匠と直接お会いし師匠は弟子を直接見るという形で面授というものが行われてきた。

即ちたった一人の祖師、たった一人の師匠、たった一人の弟子と言えども、師匠と弟子との間で一対一の伝授を行っていないものは、真実を得た祖師方と言うわけにはいかない。それはたとえて言うならば、海が小さな流れを集めて大海になるように、だんだんと小さな流れが集まって宗派を成長させ、その宗派の指導者が教えの灯をかかげて、それを継続して、その光がいつまでも絶えないようにして今日に来たのである。

その様な形で億千万という無数の仏道修行が行われ、その実態は千差万別であるけれども、その本源とこれに伴う枝葉とは全く一体のものとなっているのである。そしてまた、師匠と弟子との間において法が伝えられる状況は、親鳥とひよことの間において、卵からひよこが生まれる時に、卵の中のひよこも内側から卵の殻をつつくし、母親も卵の殻を外側からつついて、母親の口ばしと卵の中のひよこの口ばしとが同時に働いて、卵からひよこに生まれるのと同じような情景である。



              ―西嶋先生の話―
    --つづき

ですからそういう点では、仏教の欲望に対する考え方は非常に大らかだという事が言えるわけです。ただ欲望に対してこういう大らかな理解を持ち、態度をとるという事は中々難しいこと。釈尊が二十九歳で出家されまして、それからある一時期、苦行という事を一所懸命やられた時代があるわけです。苦行をなぜやられたかといいますと、当時、釈尊はまだ仏道の真実に到達していなかったために、欲望とは罪悪視すべきものであり、それを絶滅することが修行の目標であるという考え方を持って、一所懸命に苦行をされた。

そして他の同僚は多少は苦行においても妥協があったわけですが、釈尊は妥協されない性格でありましたから徹底的に苦行をやられた。したがって釈尊は二度も三度も仮死状態になったと伝えられているわけです。そういう激しい形で苦行をされた結果、釈尊は苦行というものが真実に到達する道ではないとはっきりわかったために、それから村の娘の捧げた羊の乳を飲んで、今度は苦行ではなしに普通の生活をしながら尼連禅河の畔で坐禅を始められたと、そういう経過があるわけです。

ですから、今ほど申しました欲望に対する仏教の立場とは、釈尊が我々のために代わって苦行をされて、その結果得られた結論だということが言えるわけです。ですからそういう点では、欲望というものに関連しても、仏教の立場からどう見るかという事はかなり大切な問題でありまして、それが仏教という思想を理解する上においても非常に重要な意味を持っていると、こういう事が言えようかと思うわけです。


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正法眼蔵 面授 4

経典(大梵天王問仏決疑経)の文章について道元禅師の注釈は続きます。

このように顔と顔を合わせて一対一で教えを授ける、授かるという基本的な原則というものは、釈尊ご自身が迦葉仏の教団において、迦葉仏と一対一で対面したうえで教えを受け、それを保持してきたところであるから、仏教界において真実を得られた方々のいずれにも具わるところの同じような顔であるということが言える。

※迦葉仏という方は摩訶迦葉尊者とは別の方で、釈尊の師匠として釈尊に教えを伝えた人と伝えられている方です。

このように真実を得られた人と直接顔を合わせて教えを伝えられるのでなければ、真実を得た人と呼ばれない。釈尊ご自身が直接に迦葉尊者と顔を合わせて教えを伝えられたことは、まさに教えを直接伝えたことを意味するのである。阿難陀尊者や羅喉羅尊者は釈尊との間では身近な人であったけれども、釈尊が直接教えを伝えられた方は摩訶迦葉尊者であったといわれている。

その他のたくさんの菩薩と呼ばれる仏道修行者も、迦葉尊者が直接釈尊から教えを授けられた状態には及ばないし、迦葉尊者と同じような席に着くことはできない。釈尊と迦葉尊者とが同じ席に坐られて同じ衣を着て同じお袈裟をかけられたということが、あらゆる時代を通して誰でも知っている仏教界の儀式としてのやり方であったといわれている。

迦葉尊者は直接釈尊の顔と自分の顔とを合わせて伝授を受けたし、心と心とを照らし合わせて伝授を受けたし、体と体を照らし合わせて伝授を受けたし、目と目とを見合わせて伝授を受けたし、迦葉尊者も釈尊を供養し、尊敬し、礼拝し、日常においてお仕えするということをされたのである。

釈尊の摩訶迦葉尊者に対する教え、迦葉尊者の釈尊に対する粉骨砕身の努力は非常に変化の多い様々の内容を具えたものであった。迦葉尊者も自分自身の顔や目というものは問題にすることなしに、ただ釈尊ご自身の様子というものを直接受け取るということをされた。釈尊もまさに摩訶迦葉尊者ご自身をご覧になった。そして迦葉尊者は直接にその弟子である阿難尊者を見られた。そして阿難尊者はやはりその師匠である迦葉尊者の仏としての顔を拝んだ。

このような師匠と弟子との関係を「面授」と呼ぶのである。



              ―西嶋先生の話―
    --つづき

その点では「正法眼蔵」の空華という巻にも、張拙秀才という人の作った詩の一節として「欲望というものはほっておけば出てこないけれども、断ち切ろう、取り除こうとするとさらに弊害を増大する」とある。欲望にはこういう意味がある。だから欲望の実体をよく見て、それをしっかり掴んでいれば何の問題もないわけですが、えてして欲望を取り除こう、押さえつけようという意思が働いて、そういう意思が働くと欲望というものがとてつもなく力の強いものになって、大暴れすると、こういう問題があるわけであります。

したがって、「正法眼蔵」の空華という巻のところで道元禅師は「煩悩かならず断除の法を帯せるなり」と言われているわけです。これは、欲望というものは例外なしに断ち切ろう、取り除こうとすると現れてくる性質を持っていると、こういう意味であります。そういう点では、これが果たして本当なのかどうかというふうな問題については、我々の日常生活の中で実際に勉強してみると、なるほど本当だという事が事実としてあると、こういう事が言えると思います。

ですから、道元禅師の師匠の天童如浄禅師は「正法眼蔵」家常の巻で「お腹が空いたらご飯を食べる、疲れてきたら寝る、これが仏道の真実だ」と言われているわけであります。こういう言葉を聞きますと「いやあ、そんなおかしい話はない。お腹がすいたらご飯を食べる、疲れたら寝るという事では動物と同じゃないか。人間はもっと人間らしく、お腹が空いてもご飯を食べないで我慢をするという事がなければつまらない。眠くなっても寝たいのを我慢するというのが人間らしい」と、こういう考え方もあるわけであります。
                              つづく--


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正法眼蔵 面授 3

経典(大梵天王問仏決疑経)の文章について道元禅師の注釈は続きます。

それがさらに達磨大師から太祖慧可大師に伝えられ、代々の祖師方を経て五回の伝承が行われて、中国の六祖である曹谿山の大鑑慧能禅師に到達した。そしてその教えが大鑑慧能禅師からさらに十七回伝承されて、自分(道元)の亡くなった師匠である偉大な宋の国の大白名山と呼ばれる天童山の天童如浄禅師に到達した。

偉大な宋の国の宝慶元年五月一日に、自分道元は初めて亡き師匠である天童如浄禅師を明高台という建物において、香を焚き礼拝して、初めてお眼にかかった。その時に自分(道元)の師匠である天童如浄禅師も初めて自分(道元)をみられた。その時にこの道元に対して、天童如浄禅師が直接指で示され、直接顔と顔とを合わせた形で教えられた言葉として「真実を得られた代々の祖師方が顔と顔とを合わせて教えを伝えたと同じ様な事態というものが、ここにおいてもすでに行われている」と言われた。

これが霊鷲山において釈尊が優曇華の花を手に持たれ、それを見て摩訶迦葉尊者が微笑される事によって法が伝えられたとか、達磨大師が少林寺において慧可大師に対して「お前は私の髄を得たり」と言う言葉で仏教の真実が伝えられた事を証明されたとか、大満弘忍禅師が黄梅山において大鑑慧能禅師に対して夜半にお袈裟を授けて、それと同時に法を伝えたという師匠と弟子との間の出来事とか、洞山良价禅師が曇居道膺禅師に会われ法を伝えられたという事態とまさに同じである。

この様に師匠と弟子とが直接顔を合わせて教えを伝えるという事実は、真実を得られた方々が釈尊の説かれた教えの眼目というものを、顔と顔とを合わせて直接伝えるという事態を意味するのであって、このような事態というものは、我々の所属している仏教の流派の中にだけ存在する。この様な事態というものは、他の流派に属する人々の間では、夢にさえまだ見たり聞いたりした事のないような 事態である。



              ―西嶋先生の話―
    --つづき

次に三番目の立場、滅諦の立場で考えるとどういう事になるか。つまり現実の行いの世界、我々の日常生活の中で欲望というものを考えていくとどうなるかといいますと、欲望には自然の限界がある。これはどういう事かといいますと、例えば非常に栄養価の高い美味しい食べ物があったとする。ただそれを胃袋の量の二倍、三倍食べると栄養になるかどうかというと、必ずしも栄養にならない、体のためにいいかと言うと、体のためによくない。

だからいかに栄養のあるおいしい食べ物と言えども、それなりの限界があって、それを超えると欲望そのものが弊害をもたらすと、こういう事が我々の日常生活においてあるわけです。ですからその点では、欲望の限界というものを知って、それを超えないという事がかなり大事になってくるわけです。そうしますと、一番最後の段階ではどういう事になるかと言うと、限界の中の欲望は欲望ではなくなると、こう言う問題があるわけです。

四番目の段階ではどういうことになるかというと、限界の中の欲望は欲望ではなくなる、こういう問題があるわけです。これはどういう事かというと、たとえば朝われわれがお腹が空いたからご飯を食べるという事があるわけですが、そういう場合に我々は日常生活の表現として「欲望が起きたから朝ごはんを食べた」という表現はしないわけです。お昼になって昼ご飯を食べる時に「欲望が起きたから昼ご飯を食べました」という事は普通いわない。

という事は、朝ご飯を食べる事、昼ご飯を食べる事は、欲望として我々はふつう受け取らないわけです。科学的に考えれば確かに欲望ですが、ごく自然な限界の中での欲望は欲望としての意味を持たないと、こういう問題があるわけです。ですからそういう点では、欲望というものは自然の限界内においておけば、別に問題にするに足りないほどごく自然な事実だと、こういう事になるわけです。ところがなぜ欲望が出てくるかというと、押さえつけから出てくる、罪悪視して抑えつけるから、あるいは取り除こうととするから出てくると、こういう問題があるわけです。


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正法眼蔵 面授 2

「大梵天王問仏決疑経」に言う。           

時に釈尊は西方のインドの国の霊鷲山における教団にあって、百万の人々と一緒にいたが、たまたま優曇華の花を取り上げて目ばたきをされた。その時、釈尊の第一の弟子と言われている摩訶迦葉尊者が、釈尊の暗示されたところを理解してにっこりと微笑された。

そこで釈尊が「自分は正法眼蔵(正しい教えの眼目の所在)、涅槃妙心(非常に静かな素晴らしい心境)というものを持っている。これを摩訶迦葉尊者に伝える」と言われた。        

経典について道元禅師が注釈されます。
これこそまさに真実を得られた代々の祖師方が、顔と顔とを合わせて一対一で正しい教えの眼目の所在を伝授するという基本原則を示している実体である。過去七仏(釈尊も含めて七人の真実を得られた方々)の間で正しい教えが伝えられ、それが釈尊から摩訶迦葉尊者に伝えられた。

そして摩訶迦葉尊者からまた代々の祖師方に伝えられて、二十八回にわたってその伝授が行われて菩提達磨尊者に到達した。この菩提達磨尊者は自ら中国に行かれて、その教えを太祖慧可大師に直接顔を会わせて伝えられた。

※西嶋先生解説
この直接顔を合わせて伝えられたという事が一つの非常に大切な要素であると言われているわけです。その点では達磨大師が中国に行かれる以前に、たくさんの仏教経典は何百年にもわたって中国に伝えられているわけです。ただ直接に、坐禅という修行法を持って中国に行かれた最初の方が菩提達磨尊者である。そういう菩提達磨尊者によって中国に初めて単なる理屈でけでない仏道が伝えられたわけです。
   
したがって菩提達磨尊者が三年間の歳月を費やして、南の海を航海してようやく中国に到達されたという事が、我々が坐禅を知り仏道を知ることのできる最大の原因であという事が言えるわけです。その点では、達磨大師が直接中国に行かれたという事、そして太祖慧可大師との間で顔と顔とを直接合わせて教えを伝えられたという事に、大きな意味があるという事が言えるわけです。



            ―西嶋先生の話―
    --つづき

二番目の立場、集諦の立場から欲望をどう考えるかというと「欲望を勉強する」という主張がみられるわけです。それはどういう事かというと、例えば「正法眼蔵」の礼拝得髄の巻では、男女の平等という事が中心に取り上げられているわけです。その中に「おほよそ、鏡をみてはあきらむることをならふべし、おぢてにぐるとのみならふは、小乗声聞の教行なり」という言葉があるわけです。

この言葉の意味は一般的に言って、何らかの対象が自分の目の前に現れたならば、それがどう言う意味のものかという事を勉強して、はっきりさせるという習慣をつける必要がある、怖がって逃げてばかりいる習慣をつける事は小乗仏教の人々のやり方であり、理論だけで仏教を勉強していこうという人々の教えであり行いであると言われているわけです。

ですから我々が人生を生きていく上において、何らかの新しい対象が出てきたならば、それの実体が何であるかという事を常に勉強しなければならん、仏教とはそういう思想であり主張であるという事が述べられています。したがって集諦の立場から見るならば、欲望というものを勉強しなきゃならん、欲望とはどういうものかという事を実体として捉えなければならないと言う事が言えるわけです。

そういう点では、スポ-ツ新聞にはそういう面の記事がたくさん出ておりますが、ああいうものを読めという事では決してない。なぜああいうものを読むことを意味しないかというと、ああいうところに書かれている知識や事実は非常に不確か、非常にいいかげんだという事実があるわけです。そう言ういいかげんな知識を頭におき、そういうものとして問題を理解していると、現実をかえって見損なう恐れがあるそういう点では、もっと欲望の実体に即して勉強しなきゃならんと、こういう事が言えるわけです。
                                つづく--


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
夫と店を始めて43年。生活=仕事。毎日朝晩自宅で坐禅をし、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」を授かりました。    

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