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正法眼蔵 仏道 17

天童如浄禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。

そこで雲水(ただただ真実を求めて彷徨い歩く僧侶)が、本当の意味で仏道を勉強したいと求める場合には、仏道の宗派には五種類の違いがあるという出鱈目な呼び名や五種類の宗派に伴うところのやり方を記憶して保持してはならない。

まして<臨済禅師>の三玄・三要・四料簡・四照用や<浮山法遠禅師>の九帯などのあるはずがあろうか。まして<雲門禅師>の三句や<洞山良价禅師>の正偏五位や<汾陽善照禅師>の十同真地という方法をとるならば、仏道修行において欠けるところがない、あるいは早く仏道修行の 目標に到達できるという主張が行われているけれども、その様なやり方がどうして必要あろう。

釈尊が説かれた真実というものは、今述べたような狭い範囲のものの考え方ではない。その様な考え方が規模の大きい考え方と言う訳にはいかない。この様な言葉を使って様々の仏道修行に関する便法を主張したとしても、そのような主張というものは、釈尊の言葉として現実のものになったためしがない。達磨大師の少林寺や大鑑慧能禅師の曹谿山において聞いたためしがない。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
私は十年以上前にヨガをやったことがあるんですが、本で自分流で前にやったわけですけど、あれは色々ポ-ズがありまして非常に難しくて、ついそのままになってしまったわけですけど、ヨガをどういうふうに見られますか。

先生
ヨガと仏道との違いがどこにあるかと言う事を考えて見ますと、背景になっている基本的な考え方、つまり哲学が違うという問題があります。それはどういう風に違うかと言うと、ヨガの修行法は一つの理想を求めて、それに近づこう、それに到達しようという努力が背景になっているわけです。仏道というのはそういう努力ではなしに、坐っておること事態が目標に到達した姿だという考え方をするわけです。

ですから、ヨガの考え方と言うのが理想主義の哲学を背景にしていると言う風に言うならば、仏道というのは現実主義の哲学を背景にしている。いま自分がどうあるかと言う事が大切なんだ。将来に目標を求めて、セッセセッセとそれに向かって努力すると言う考え方が、人間にとって必ずしも幸福にならないと言う主張が仏教の中にはあるわけです。

そうすると、一日一日をどう生きるか、いま与えられた現在の瞬間をどう生きるかと言う事が人生をどう生きるかの基本であって、そういう考え方で、与えられた現在をいかに充実して生きるかと言う事が仏道だ。だからその点では、ヨガの背景になっている哲学と仏教の背景になっている哲学とは違う。したがってヨガの中にも坐禅と同じ様な姿勢の修行がある訳ですけれども、姿勢は同じであっても背景になる考え方が異なれば、別の宗教だ、こういう風にみていいと思います。                
   
質問
そうしますと、仏教は瞬間瞬間のエネルギ-を十分に出し切った生き方を教えて くれる哲学だと言う事もできるわけですね。

先生
はい、そう言う事です。それが仏教思想の特徴です。ですから坐禅の意味を考えていった場合にも、悟りと言うものを想定して、それに近づくために一所懸命努力すると言うところから仏教哲学は生まれてこない。ですから道元禅師も、修行とその目標とを別々に考える立場は仏教思想ではないと言う事を「弁道話」の中で述べておられる訳です。
   

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正法眼蔵 仏道 16

天童如浄禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。

しかも哀れな事には、大宋国全体を通じて、人々はいずれも自分の師匠である天童如浄禅師を各地方にいたところの長年にわたる仏道修行者と同じ程度の人物と考えていた。 この様に考える人々を仏道を見抜く眼を具えた人と言ったらいいのであろうか、ある いは仏道を見抜く眼がまだ具わっていない人と言ったらいいのであろうか。

また別の人々は天童如浄禅師の人柄が、臨済禅師や徳山禅師と同列ぐらいに考えていた。 しかしこの様な人々もまだ天童如浄禅師の本当の人格にお会いしたことがなく、また臨済禅師の人格にもお会いしたことがないという事ができる。 つまり天童如浄禅師がどの程度の優れた人格であるか、あるいは臨済禅師がどの程度の優れた人格であるかということがまだ十分にわかっていなかった。

自分(道元)も天童如浄禅師を礼拝する機会を得なかった以前は、雲門宗・法眼宗・ 潙仰宗・宗臨済・曹洞宗と言う五つの宗派の奥深いそれぞれの思想を一所懸命勉強しようと考えていた。 しかし天童如浄禅師を礼拝して以降は、雲門宗・法眼宗・潙仰宗・宗臨済・曹洞宗と言う五つの宗派は明らかに出鱈目な称号であると言う基本的な思想を知る事が出来た。

この様に考えてくると、大宋国においても釈尊の教えが盛んであった時代には、このように五つの宗派を読んで宗派を区別するという事がなかった。。そして自分自身でこれらの五つの宗派の名前を主張して、釈尊の教えに関する仕来りを説こうとする過去の先輩方もいまだおられたためしがない。ところが釈尊の教えが薄れてしまった時代以降には、むやみにこの五つの宗派の名前を呼ぶ事 が行われているのである。これは人々の仏道に対する学び方が愚かで、真実に対する探求の仕方が綿密でないところから生まれた結果である。



          ―西嶋先生にある人が質問した―
  --つづき

その点で道元禅師が目的とされた事は、そういう人々の集りと関係なしに、こっそりと山で坐禅をしているような境地と言うものが仏道だと。だから都会の喧騒の中でも、たった一人で足を組み、手を組み、背骨を伸ばしてジ-ッと坐っておれば、それが仏道だ。自分の部屋で一人の人が坐禅をしていれば、それが仏道だと、そういう主張をしておられる。この事が非常に大切な事です。
                              
そういう点では、世俗的な集団がたくさん出来て、沢山の人々が集って社会的な盛況を得ると言う事と、仏道が盛んになるという事とは関係ないと、こう言う事があるわけであります。だからそういう点で、京都に本山のある宗派で、財産争いがどうこうとかと言う事で、派が二つに分かれたという事もありますけれども、ああいう事を観察した場合に、ああいう出来事は宗教とは無関係な事実だと言う事、これははっきり考えておかなきゃならん。ああ言う事も宗教と関連があるように理解したならば、仏道と言うものは決して理解できない。

人々がたくさん集って、財産がたくさんあれば、自分の方に沢山集るようにと言う事で、人間同士の争いが起きると言うのは当然の事です。それはもう大いにファイトを燃やしてお互いにやり合ってもらえば言いわけで、勢力の強い方がたくさん取ると言う事でも結構だし、裁判所に持ち込んでどっちが正しいか国家に決めてもらうと言うのも結構だけれども、宗教と言う事実とは無関係と言う事、仏道とは無関係と言う事、こう言う捉え方というのはぜひ必要だと思います。そして「仏道」と言う巻でも、そういう事を主張しておられると、そういう風に見る事が出来ると思います。                              


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正法眼蔵 仏道 15

自分(道元)の師匠である天童如浄禅師が法堂における正式の説法で言われた。

現在仏道を勉強している人々がひたすら主張するところを聞くと、雲門宗・法眼宗・潙仰宗、臨済宗・曹洞宗等の宗派による様々の違いがあると主張をしているけれども、このような主張というものは釈尊の説かれた教えではないし、達磨大師の説かれた教えでもない。

天童如浄禅師の言葉について道元禅師が注釈されます。
この言葉が現実に口から出る事態というものは、千年経っても中々であう事の難しい優れた言葉 であり、自分の師匠である天童如浄禅師だけがこのように主張された。この言葉は十方(東西南北・中間の四つの方角・上下の方角)をたずねても、聞く事が困
難であり、完全に全ての教えの整った天童如浄禅師の教団においてだけ聞く事が出来た。

この言葉は非常に貴重な教えであったから、仮にそこに千人の修行僧がいたとしても、この天童如浄禅師の教えを聞き取った耳もなかったし、その意味をはっきりと眼で確かめて確認した人もいなかったであろう。 まして自分の心全体を投入してこの教えを聞く人がどうしてあり得たであろうかと言えるし、まして自分の体全体でこの教えを聞く人がどうしてあり得たであろう。

そして仮に自身自身の体全体、心全体で天童如浄禅師の言葉を聞き取る事が、億劫、万劫と言うほとんど無限に近い長い年月にわたって行う事の出来た人がいたとしても、天童如浄禅師の持っておられた全ての体、全ての心を自分自身のものとして取り上げて天童如浄禅師の言葉を聞き、天童如浄禅師と同じ体験をし、天童如浄禅師と同じ様に釈尊の教えを信じ、天童如浄禅師と同じ様にそれらのものを超越する人はいなかった。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
この「仏道」の巻は「正法眼蔵」の中でも比較的分かりいいなあと言う感じでうかがいました。で、私がちょっと気になるのは、これは確かに釈尊の教えは、宇宙秩序の眼目である「正法眼蔵」を根底に踏まえていなければならないという事で、宗派と言う一部分の教えであってはならないから、釈尊の教えを全体的に把握してそれを根底に置く。しかしその宗派で現実に仏教は私たちに普及されて来るわけですね。

その点がね、宗派を持ってはいけないと非常に固く戒めていて、それはよくわかるんです。でも現実問題としては仏教は宗派しかないじゃないかと言う感じですよね。だから、プロのお坊さん方がこれを見た時に、どう捉えられるか、あるいは感じられるかと、そんな事をちょっと感じたりするんです・・・。

先生
ここで述べられている事は、宗派と言うものは世俗の出来事だと、こういう捉え方だと見ていいと思います。つまり、沢山の人々が集って同じ様な集団をつくると、どうしても自分の集団が可愛くなる。そうすると、よその集団より人が増えるようにとか、よその集団よりは財産が多くなるようにとか、よその集団より力が強くなるようにとかようにというふうに念願すると言う事が、人間社会においては常にあるわけであります。
   
そういう動きと言うものは、こと宗教に関しようと関しまいと世俗の事でしかないと、こういう主張があると思います。ですから仏道がそういう世俗的な動きに巻き込まれていく、絡まれてしまうと言う事をここでは非常に警戒しておられると言う事が言えると思います。ですから今言われたような事実と言うものは、世俗のものとして考えると言う考え方があると思います。
  
そういうふうにしてみますと、宗派がある事も一つの社会的な事実だし、その相互に様々な協力があり、また競争がありという事も事実としてあるりというわけです。それからまた時代が下れば、いわゆる新しい宗派もどんどん出てきている。江戸時代の末にも宗派が出来たし、明治以降にも宗派が出来た。最近でも宗派が出来つつあると言える訳ですけれども、そういう動きと言うものはすべて俗世の出来事だという捉え方があると思います。

                                 つづく--


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正法眼蔵 仏道 14

石頭希遷禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。

銘記せよ。過去の真実を得られた方々から受け継いで来たところの釈尊の教えは、坐禅による心の安定、体の安定は大切であるけれども、その大切なものでさえ特に取り上げて「禅定」とは言ってはおられない。まして「禅宗」と言う呼び名で釈尊の説かれた教えの宗派を呼ぶことがどうしてありえよう。

はっきりと銘記すべきである。釈尊の説かれた教えを奉ずる宗派の人々が自分達の宗派を「禅宗」と呼ぶ事は大きな誤りである。仏道の勉強において十分でない人々が、この世の中は実在だと考える宗派、実在ではないと考える宗派と自分の宗派に様々の名前をつけて呼んでいるけれども、それと同じような宗派が釈尊の説かれた教えにもあると考えて、宗派としての称号を持たないという事は、何を勉強しているのかよくわからないという心配をして嘆く向きがあるけれども、そういう心配はない。

釈尊の説かれた教えはその様であってはならないのであり、いまだかつて「禅宗」などという名で釈尊の説かれた教えを勉強する宗派を呼ばなかったという事をハッキリと承知しておかなければならない。ところが最近における凡庸の人々は、愚かな状態で昔から伝えられている伝統を承知する事がなく、過去において真実を得られた方々から真実を受け継いでいない人々が誤って言うには、釈尊の説かれた教えの中にも、臨済宗・法眼宗・雲門集・潙仰宗・曹洞宗と言う宗派の区別があると言う。

これは人間がわざわざつくり出したものではないけれども、自然のうちに仏道が衰えていっている状態を示している。しかしながらこのような状態を救おうとする一人、半人の人というものが不幸にして当時ではまだ見当たらかった。 ところが今は亡き自分(道元禅師)の師匠である天童如浄禅師に至って初めてこの事態を何とかして救おうとされた。これは天童如浄禅師と言う人格の努力の賜物であり、釈尊の教えに十分に通達したことの賜物である。



          ―西島先生にある人が質問した―                                

質問
私はカトリック信者として、信仰という面で自分では忠実に従っていたし信仰にのっとった生き方をしてきましたけれども、仏教をお習いしてからこの二年間を振り返ってみますと、自分はある意味でずいぶん大人になったと感じます。それと同時に自分の中に直観を直観としてストレ-トに出せるという、そういった幼児性が発達したという面も感じます。この間テレビのニュ-スを見ていたら、いまのカトリックの法王がポ-ランドに帰ったと出ていましたが、ああいうのを見ていると「ああ、絵空事」という感じがしたんですね。

ああいう絵空事を私は何十年も本当に真実だと思ってずいぶん生きてきたけれども、今の私にとってはあれはすべて絵空事に過ぎなかったという事をつくづく実感して、私は仏教を習ってほんとに大人にさせていただいて、ほんとに落ち着いて日常の行動、生き方に焦点を合わせて生きていけるようになって、「ああ、神様」なんて、天上を見てとんでもない絵空事をしなくて済む、地に足がついた生活が出来るという喜びをまた新たに感じました。

先生
うん、そう。その点では、ロ-マ法王がポ-ランドを訪れたという事は大変面白い話でね。一昨日、私のところにいつもお昼前後に来るベリ-というアメリカ人がやっぱりその問題を取り上げて、「ロ-マ法王がポ-ランドに行った事件というのは中々面白い。ポ-ランドの政府が法王は政治に関与することを避けてほしいという事を言っている。ただロ-マ法王は政治に関連しないという外見を示しながら政治に関連しに行ったんだ。だから、ロ-マ法王がポ-ランドに行ったこと自体が非常に大きな政治的な意味を持っているのであって、ポ-ランドの政府が政治的に関与しないでほしいという希望を述べていることが中々面白い」という話をしていました。

まさにその通りであって、その点では、ああいう動きというのは宗教的な動きと言うよりは世俗の出来事です。先ほどちょっと神道の問題と関連して話しが出ましたけれども、そういう世俗の動きと仏教とは関係がないんです。だから道元禅師が「名利の心を離れろ」と言われたのは、名利の心を離れないと本当の宗教の世界というものは見えてこないんです。

仮に外見は宗教的な形をしていても、世俗的な名誉や利得のために動いている間は、仏教と無関係だという事がはっきり言えるわけですよね。そういう点で、仏教の持っている思想が単に世俗の動きを嫌うという事ではなしに、世俗の価値観に支えられた世界以外に本当の価値の世界がある、という事を主張しておられるという事が言えると思います。だから、そういう世界を狙っていかないと我々生きている甲斐がないと、そういう事が言えると思います。


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正法眼蔵 仏道 13

石頭希遷禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。

石頭希遷禅師は青原行思禅師の弟子である。石頭希遷禅師は沢山の弟子の中でも、特に青原行思禅師の奥深い教えの究極にまで到達していた。しかも中国の第六祖である大鑑慧能禅師の下で剃髪を受けた人である。したがって、大鑑慧能禅師は石頭希遷禅師の大先輩であり、父親に相当する人である。

青原行思禅師は兄弟子に該当する立場の人であり、同時に師匠そのものである。当時において釈尊の説かれた教えを勉強していた教団の中で、石頭希遷禅師に肩を並べる仏道修行者はいなかった。釈尊の教えに関する正しい伝承は、ただ石頭希遷禅師のみが通達しておられたのであり、現実にそれを言葉に出して主張されたところの個々の成果、それぞれの場面は、いずれも時間を超越した真実を得られた方々の時間を超越した姿であり、時間を超越した真実を得られた方々における現在の瞬間である。

この様な石頭希遷禅師の言葉というものを、「正法眼蔵」――釈尊の説かれた正しい教えの眼目の所在の中心点とすべきであり、その他のものと比較してはならない。実態のわかっていないものが石頭希遷禅師を馬祖道一禅師と比較して同じように論ずることは間違いである。



          ―西嶋先生にある人が質問した―
    --つづき

質問
でもやっぱり浄土宗でも何でも、そういうところから来ているものなんでしょう。

先生
うん。だからそういう点では、各宗派の方々が自分達の教えこそは真実だと思って皆さん一所懸命にやっておられるわけです。だからその事実があると言う事はハッキとしていると同時に、まあ問題を限定するならば、私は「正法眼蔵」に書かれた事がまさに真実だと、そういうふうにしか感じておらないわけです。
   
だから人様の事をどうこうと言ってみても、自分自身がその教えを勉強したわけでないですから、どうこうと言う事は言えないわけです。それと同時に「正法眼蔵」に書かれていることはまさに間違いないと、こういう実感を疑問の余地のない形で持っていると言うのが実情ですね。

質問
それもよくわかるんですけれどもね。ただ仏教というものは私は概念的に、釈尊の教えだから一つに決まっている。どの宗派をとってもそんなに大差がないんだと、今迄そうあさはかに考えていたんですけど、学ばせていただけば頂くほどそれぞれが違うという事がわかってきたものですから・・・。
  
先生
だからここで道元禅師が主張しておられるのは、仏教の教えは単に東洋だけの教えでないと言う事です。 中国だけの教えでもないし、インドだけの教えでもないし、日本だけの教えでも ないと言う事です。地球も包み込むし、太陽系も包み込むし、太陽系と同じ様な無数の天体を全部包み込む様な教えだ。だから仏道の思想というものは東洋にあり、日本にだけあるんだと言う事ではなしに、太平洋の向こう側にも、事実としてはあり得ると言う事。

人間がやる以上は、大差がないんですよ。どんな国においても、どんな時代においても、人間のやる事というのは大差がない。そうすると、仏道と同じ様な思想、同じ様な習慣と言うものはおよそ宇宙のどこの場所でもあると言う事、これはハッキリ言える訳です。だからそういう点で、単に地球上の人類というものだけを考えて見ても、人類には共通の性質というものがあるんですよ。そういう立場からするならば、仏道というものはどの民族の人にもわかるものだ、そういう事が言えるという事があると思います。

そういう点では道元禅師は、自分の範囲というものを限定して、これが仏道だというふうに様い範囲で主張することを嫌われたわけです。仏道というのは何処に行っても通用するものだ。だから太平洋の向こう側へ行っても通用するものだという事がはっきり言える。 ところが狭い日本の中で、狭い宗派をいくつも作っってこれこそは本当だという事で頑張るのは、釈尊の教えに対する冒涜だと、こういうことを主張しておられる。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問ありがとうございます。
夫と二人暮らし。69歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」幽村芳春 平成20年「嗣書」授かる。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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