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正法眼蔵 行持(上) 15

波栗湿縛尊者(脇尊者)について道元禅師の注釈は続きます。

現代の人々は50才、60才、70才、80才と年齢が進んでくると、自分もいよいよ老齢に達したから仏道修行は一応卒業という事にして、後は隠居しようという考え方を持つ人もいるけれども、それは甚だ愚かな事である。

我々は普通自分の年齢というものを考えて50年たった、60年たった 70年たった、80年たったと考えるけれども、それは単に人間が頭の中でそう考えているに過ぎない。真実を学ぶという観点からみるならば、年数を数えて長いとか短いという事は問題にならない。

仏道を勉強するという立場から見るならば、年が比較的まだ若いとかもう年を取ってしまったとかという事は考える必要がない。仏道を勉強するという事だけに専念すべきである。80才に達してから仏道修行を志し、3年にして真実を得られた脇尊者と同じ様な状態になる様に心掛けるべきである。

人間の行く先はしょせん墓場における一山の塵や土に過ぎない。これが人間の実態である。いずれは墓場における一山の塵や土になってしまう我が身を大切に考えて、それが続くようにという事を願うべきではない。

仏道修行をしようという専一な志を活用して真実を得てしまうという事を実現してしまわないならば、仏道修行の究極に達しなかった人を誰が意味深い人生というふうに考えてくれるであろう。主体性のなくなった体というものが無駄にあちらこちらとこの世の中を動き回るのをやめて、しっかりとものの見える眼をつけて一切の事態と言うものを正しく観察すべきである。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
お尋ねします。この「行持」の巻をお書きになったころは道元禅師はおいくつぐらいだったんでしょうか。

先生
1241年ですから、道元禅師が数えで43才の時ですね。

質問
そうするとまだ健康を害されていた状態ではない・・・。

先生
ではないですね。

質問
いや、私があえてそういうご質問をしましたのは、今日の最後の講義のところで、これは取りようによっては道元禅師ご自身がご自分の心身を激励しておられるような感じを文面からちょっと受けるんですが・・・。

先生
そういう時期ではないですね。それでまたこの思想というものも、どうせは塵や土になってしまうんだからというふうな悲観的な思想じゃないですね。むしろ現実をよく見るならば、どっちにしたってそう大したことはないんだから、という考え方が基礎にありますね。

普通、悲観的な立場から「どうせもう塵や芥になってしまうんだから」というふうな悲観的な見方もありますけれども、道元禅師の仏教思想はそうではないんです。人間というものをきわめて現実的に平静に観察するならば、やはり塵や土であるという見方を基礎にして問題を考えるならば、という立場だというふうにくみ取れると思います。

質問
そうすると、道元禅師はどっちかと申しますと常に積極性、積極性をとられたわけですか。

先生
そうですね。そういう点では、決して悲観的にものを考えて諦めるという思想の方ではなかったし、仏教思想そのものがそういう悲観的な考え方ではないわけです。現実をよく見て積極的に生きていくというのが仏教思想の基礎にあると思います。だからそういう点では、今日仏教がわりあい悲観的な考え方に理解されがちなのは、西洋思想の影響だと思います。明治維新以降、仏教に対する理解の仕方が特にそういう考え方になったんだと、そういうふうに見ていいと思います。


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正法眼蔵 行持(上) 14

波栗湿縛尊者(脇尊者)について道元禅師の注釈は続きます。

「一水四見」と言う考え方が仏教にはある。「一水四見」とは、同じ水を見ても見るものの立場に従って一つのものが様々に見られることを言う。人間は水は水と見るけれども、魚は水を自分たちが住んでいる宮殿と見、鬼は水を膿や血のように好ましくないものと見、天使は水を首飾りとして見る。

この様に一つの水と言えども、見る側の立場が異なることによって、四種類の見方ができるということが実情である。その点では、見る立場が異なる事によって、生きるとか死ぬとか、年取るとか年取らないというふうな事も様々な見方が出来る。生きるとか生きないとかと言っても、年を取ったとか年を取っていないとかと言ってみても、見方によって様々であって、その実態がどういうものかという事は断定できないのであるから、そういう問題はすべて棚上げして志というものを大いに奮い起こして、真実を求め努力すべきである。

仏道を勉強するという立場から生き死にの問題を考えていくならば、仏道修行(真実の探求)そのものが、我々の生き死にの実体であると学ぶべきである。生き死にというものが先にあって、その生き死にという境涯の中で中で仏道修行が行われるというふうに考えるべきではない。



           ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
宇宙の真理の下に仏教があり、イスラム教があり、キリスト教があり・・・。そして仏教を我々は信ずると。これは理屈も何もないわけですね。信仰ですから。そういうふうに考えてはどういうもんでしょうか。

先生
その点では、過去において沢山の宗教があったと言う事が歴史的には言えるわけですね。沢山の宗教は、たとえば今日でも南太平洋の島々の民族にはそれなりの宗教がある。大きな木や山や岩などを崇拝する宗教もある。そうすると我々が過去に持っていた宗教はほとんど無数にあると言える。

そういう宗教が一つの場所でお互いに出会うと、どっちの宗教が優れているかと言う争いが行われて、優れた方が勝ち残るということが歴史的にあると見ていいと思います。人類の歴史には宗教は沢山あったが、優れた宗教が勝ち残ってきて今日世界で優れた宗教として残っている宗教はいくつもない。たとえば、キリスト教、ユダヤ教、仏教、ヒンズ-教等々である。そして、これからさらに絞られていく可能性があります。

質問
その場合、先生のおっしゃる優れた宗教とはどう言うものですか。

先生
仏教の立場から見ますと、特別の教えのない教えというのが最高の教えであると。これは非常に皮肉なようでありますが仏教が何を説いているかと言うと、「ありのままを見ろ」と言う事を言っておられます。ありのままをよく見ると言う事は「おかしな解釈でひねくり回しこの世の中を理解するな」と言う事を言っておられる。

他の宗教には色々と「世の中はこういうふうに理解すべきである、世の中はこういうでき方である、こういう原理を信じなければならない」と色々ひねくった考え方がある。ところが仏教は「ありのままを素直に受け入れろ、ありのままを素直に認めろ」と言う事を説かれたわけです。だから我々が坐禅をしているのは様々の迷いから脱け出すと言う事。いろんな迷いを身につけるのではなくて、逆に今まで身についている様々の考え方を全部洗い落とすと言うのが仏道修行であり坐禅の狙いと言う事にもなるわけです。

だからそういう点では、様々な優れた宗教が今日残っているわけですが、さらに宗教が出会ってそのどちらを取った方がいいかという問題になって、最後に残るのは仏教ではなかろうかと言うのが私の見方です。それはなぜかと言うと、仏教は宇宙そのものを説いているわけです。

宇宙の他に何か余分なものを頭において、それをプラスするという考え方がない。そういう余分なものを全部洗い落としたところに真実があると言う考え方が仏教の主張です。そうすると一番単純な思想、あるいはすべてを包み込んだ思想と言う事にならざるを得ない。そういう性格が仏教にはあると思います。


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正法眼蔵 行持(上) 13

波栗湿縛尊者(脇尊者)について道元禅師が注釈されます。

先の記述から見ると、脇尊者は母胎の中にいることが六十年であったと言われている。六十年経ってから初めて母胎から出て来た。母の胎内にある時も仏道修行について様々の努力がなかったとどうして言い切る事が出来よう。母胎から生まれて出て八十年経ってから、出家して仏道を学ぶという事を意図された。この様に考えてく来ると、母胎に初めて宿ってから経過した年限というものは百四十年という事になる。

まさにこの点では脇尊者は、一般の人々と同類に考える事は出来ないけれども、それと同時に年齢が進んで体力も衰えていると言う点では、誰にも負けないほど年齢も高く体力も衰えた状態であった。母胎にいる時からすでに長い年月が経っていたのであるから、母胎から生まれた出た時はすでに年寄りであった。

この様に年を取ってから仏道修行を始めた訳であるから、当時の人々からそしりや嫌われたりしたと言う事があったけれども、そう言われる事を意に介する事なく、何とかして仏道を自分の身につけたいと言う志しは後退する事がなかったから、わずか三年と言う短い時間を経た後に仏道修行についての目的を達成する事ができた。

この様な事例から考えて見るならば、賢い人に出会いその賢い人と同じ境地に立とうと言う願いを誰が持たないでよかろう。どの様な人も一様に賢い人に出会い、その人と同じような境地に立つという事を強く望むべきである。自分が年を取っているとか、体力や気力が衰えていると言う事を残念に思う必要はない。我々の生涯とか生命とかというものを考えてみても、その実態がどういうものかという事ははっきりわからないものである。どういう状態が年取った状態であり、どういう状態が年取っていない状態かという事を常識的に決め付けるわけにはいかない。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
医者は、酒をちょっと飲むと健康にいいと言っていますが・・・。
  
先生
私はアルコ-ルを体に入れると、本当の自分でなくなるという印象を持つんですよ。そこで自分でなくなる時間を持つ事が自分にとって好ましくないと言う印象なんです。私ももうそう長く生きるわけではないから、残された数年の間を酒を飲んで自分ではない時間を持つ事はもったいないと言うか惜しいと言うか、そういう感じがするんです。だからそういう時間をなるべく減らしたい、ゼロにしたいというつもりで酒を飲まないのです。

質問
そうすると、人が酒を飲んで健康に良いと思ってやっている事態については・・・。

先生
私は非難の気持ちはないです。
     
質問
ただ心の底では、「アホな事やっているな」と言う感じはやっぱり・・・。

先生
いや自分の時間は各人が自分の使いたいように使っていいんだから、そういう形で時間をつぶしても、それは各人の自由だと言う考え方ですね。ただ本人が自分の問題として考えて「どうも時間がもったいない」と感じる人もいるということです。
  
質問
人もいる?

先生
うん。どんな考え方を持つかがかなり大事になってくるわけです。そして酒を飲んで「これが人生の楽しみだ、この楽しみを味わうために昼間働いているんだ」と考えている人もこの世の中にはいる。今は沢山の人がそういう考え方に賛成している、と言う事が実情だと思います。

質問 
先生は時間が大切だと常にお話になっていますが、われわれ凡人はどうしてもやはりひと時をちょっと飲んでくつろぐ事になってしまいます・・・。

先生
うん。だからそういうことが普通に行われているけどね、そういう事を選ぶか選ばないかと言う問題があると思います。

質問 
後は自分の判断で?

先生 
そう。そしてね、日本国内ではお酒を飲んで時間をつぶす事が決して非難の対象になっていません。私は外国人にも教えていますが、彼らは「日本人はちょっと酒を飲み過ぎるんじゃぁないか」と言う印象を持っているようです。「あんなに飲まなくてもいいんじゃないか」と言う印象を持っている人が多いようです。彼らも飲む事は飲むんだけれども日本人のように真剣に飲まない。

質問
真剣にですか。

先生 
真剣に。自分の体はどうなってもいいような形で決死隊みたいな形でお酒を飲んでいるけれども、そんな形で飲まなくてもいいんじゃないかと言う印象を持っている人がいるようです。あんまり口には出して言いませんけど。だから日本人のお酒の飲み方は実に真剣なんです。命がけなんです。

質問
そうでしょうか。

先生
私はそう思う。だから相当に酔って「もう一軒行こう、もう一軒行こう」なんて、街中で頑張っている人が沢山いますよ。

質問 
それは私も昔やりました。今はやりませんけれども。また雰囲気が変わると飲めるんですね。

先生 
そう、だからアルコ-ルが入ると自分が自分ではなくなるのです。

※私の独り言
私も夫も、息子夫婦も、娘夫婦も、酒を飲む習慣がないので、わが家に集まった時は酒のつまみを作る必要がないので、もっぱら料理に張り切ることができます。


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正法眼蔵 行持(上) 12

波栗湿縛尊者(脇尊者)は、八十歳になろうとした時点で家庭生活を離れて僧侶となった。

その地方のある若者がこの八十才を過ぎてから出家した脇尊者を招待して食事を供養して言う。

「あなたは愚かでしかも年を取っている。どうしてその様に浅はかなのか。智慧が浅いのか。僧侶になった以上は二つのやるべき事がある。一つは坐禅をして体の均衡を保つという修行であり、一つは経典を読んで釈尊の教えを学ぶ事である。あなたは現在もうすでに体力も衰え年もとっている、何事も積極的にやる事が出来ないであろう。せっかく僧侶になったとしても、過去の沢山の優れた僧侶の跡を乱すようなものであって、仏道修行が中々進まずただ大食する位が落ちであろう」と。

この様な批評を受けた時に、脇尊者は様々のそういうそしりを聞いた上で、その周囲にいた人々に感謝して自分から誓って言う。

「もし自分が仏教経典の説いている全ての理論と言うものに十分に通達する事が出来ず、一切の世界における(欲界・色界・無色界)欲望を断ち切る事が出来ず、また六心通(六種類の神秘的な働き)を身につける事が出来ず、八種類の解脱(八種類の様々な悩みから脱け出す事)が完全に具わらない場合には、自分の脇腹を寝床につけて寝る事はしない」と。

脇尊者は、それから後というものは、一日といえども足りないという心境で、ある時は経行し、ある時は坐禅をして、またある時には立ったまま様々な人生問題を考えると言う事をやった。昼は釈尊の教えを理論的に勉強し、夜は心を静めて精神を統一すると言う坐禅の修行をやった。この様な状態で三年間を経たところが、その学問は仏教経典の一切に通じ、またこの世界の全ての欲望を処理する事ができた。

また過去・現在・未来にわたって一切のものが理解出来るようになった。その時代の人々がこの波栗湿縛尊者を非常に尊敬したところから、脇尊者と名付けた。また脇腹を床につけて寝ないと言う意味で脇尊者と尊敬して呼んだ。



              ―西嶋先生の話―

雪がいっぱいに降って目印の何もないような広い原野に迷った場合には、大きな円をかいてトコトコ歩くそうだ。そうすると歩いても歩いても人里へ出てこれない。「こんなはずはない、こんなはずはない」と言って、一所懸命に歩きに歩いて、とうとう疲れてもうこれ以上歩けなくなるまで歩いて遭難すると言う例が実際にある。

どこが真っ直ぐでどこが曲がっているか見当がつかないと、苦労に苦労を重ねてもいい結果が出て来ないと言う事は人間の生活では非常にあるわけです。そうすると「いま自分がどういう状況にあるか、どっちの方向に向かって歩いていけばいいのか」と言う事を見分る事が、人間が幸福になるためにはかなり大切な事だろうと思うわけです。

ところがこの自分がどうしたらいいかと言う事は本には書いてない。しかし大抵、本に書いてあると思っている。だからあの本を読む、この本を読むと言う事になるわけです。しかし自分が具体的にどう動かなければならないかと言う事は、本には直接書いてない。そうすると、自分の方向は自分で知らなければならない。
  
坐禅というのは「この自分がどうしたらいいか」と言う方向を自分の体で見つけるもの、それが坐禅と言えようかと思うわけです。今日、坐禅が非常に衰えているから大抵の人が、坐禅をやらなくても人間らしい生活が出来ると思っている。ただ坐禅をやらずには人間らしい生活はおそらく出来ないだろうと思う。

私自身がかなり長い年限坐禅をやっておるわけだけれども、一日でも坐禅をサボったならばおそらく自信を失うと思う。多少大袈裟な顔をしてこういうお話を皆さんにしていると言うのも、結局は毎日坐禅やっているからというだけであってそれだけが頼りです。だから一日でも坐禅をサボると、すっかり自信を失って「どうしたらいいのかわからん」と言う事になるだろうと思う。そういう点では、坐禅は自分の方向を見出すためのもの。
 
仏道生活とは、坐禅をやる事によって何をしたらいいかと言う事を、一日一日見きわめて迷わずに生きて行くという事になろうかと思うわけです。


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正法眼蔵 行持(上) 11

摩訶迦葉尊者から数えて第十番目の仏教教団の指導者である波栗湿縛尊者は、一生のあいだ脇腹を寝床につけて寝る事がなかった。

この波栗湿縛尊者は、八十歳と言う高齢になられてから仏道修行を始られた方であるけれども、仏道修行を始めてから間もなく釈尊の説かれた偉大な教えと言うものを継承する事ができた。これは波栗湿縛尊者がほんの一瞬の時間といえども無駄にせず、仏道修行をしたためにわずか三ヶ年と言う短い期間の努力ではあったけれども、正しい真実に対する正しい見方を師匠から伝えられれることができた。

伝説によると波栗湿縛尊者は、母胎内にあった期間が六十年あり、そして母胎から出て来た時には、頭髪が白かったと伝えられている。この波栗湿縛尊者は、屍のように横になって寝る事はすまいと言う請願を自ら立てた。そこで脇腹を寝具につけて寝る事をしないと言う意味で、脇尊者と呼ばれた。

この様な波栗湿縛尊者は、光のない暗闇の中においても手から光が出て、それによって経典を手にする事が出来たと言われている。この様な特徴というものは、波栗湿縛尊者の生まれつきのきわめて優れた様子というふうに言う事ができる。



              ―西嶋先生の話―

戦後日本の民主主義が本当に定着したかどうか、なかなか疑問があるような気がしないでもない。どうしてそう言う事を感じるかと言うと、民主主義とは一言で言えばかなり大人の政治体制だからである。大人の政治体制とは、一人一人が自分自身の頭のハエが追える様になる事である。その様になった時に、本当の民主主義は根を下ろすと考えてよい面がある訳です。

民主主義は沢山の人の意見で正しいと思った方向に団体なり国がいけばいいと言う考え方である。そのことは、その団体を作っている一人一人が自分の考えを持っていて、その自分の考え方にしたがって、自分が行動できるかどうかと言う事がかなり大切な問題になるからです。

だからそう言う形でシッカリと根を下ろしていないと、民主主義と言われてもいつの間にかすぐ忘れてしまう。そうすると今度は、他の方向に「それ行け」と言う事になると、またドドドド-ッとそっちの方に行ってしまわないとも限らない。その点では、日本の国民一人一人が、自分自身の面倒が見られる様になったかどうかと言う事を考えてみると、必ずしもはっきりそういう形が根ずいたと言い切れるかどうか大変疑問な面があると思うわけです。

自分自身の事がやれるやれないと言う事について「自分の頭のハエを追う」という言葉が昔はあった。最近は衛生が発達しハエをあまり見かけなくなったから「自分の頭のハエを追う」という言葉は使われなくなった。だから若い人は「自分の頭のハエを追う」というのは、何のことか良くわからないと思う。

「自分の頭のハエを追う」とは、自分自身のことを自分で始末する、自分のやらなければならない事がきちっとやれると言う事に他ならない。各人が自分の頭のハエを追い得る様になると言う事はなかなか難しい問題です。そのことが民主主義と言う政治体制がなかなか難しい政治体制であり、大人の政治体制であると言う事にもつながると思います。

我々が仏道を勉強しているのも、何がねらいかといえば「自分自身の頭のハエを追える様になる」と言う事が仏道を勉強しているねらいだといっても間違いないわけです


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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